アナザーライフ

成功のためには小さな失敗を。人生はゲーム、仕事もビジネ
スも面白く。

2020.01.30

【トマト銀行提供】岡山県を中心に、保育園の運営など幅広く事業を展開する石野さん。人生はゲームと捉え、嫌いなことはせず、好きなこと、楽しいことを追い求めて人生を切り拓いてきました。そんな石野さんの人生哲学について、お話を伺いました。

石野 順/いしの すなお|事業家

保育園を運営する株式会社あかとんぼ代表取締役。その他、餅屋や切削油の販売代理店、ミャンマーの介護人材の紹介、経営コンサルティングなど様々な事業を行う。

岡山の名家出身、甘えん坊の子ども

岡山県和気町で、3人兄弟の末っ子として生まれました。父は地元の名士であったため、私は周囲からちやほやされ甘えん坊として育ちました。幼少期は山の中でチャンバラをしたり、ターザンの真似をしたりして遊んでいました。

地元の小学校に入ってからは、不登校がちでした。早生まれで同級生に比べ体が小さかったので、同級生が怖くて学校には行きたくなかったんです。女の子に泣かされることもありましたね。たまに登校しても、途中で泣きながら家に帰って、母親と一緒に学校に戻るのを繰り返していました。

小学4年生頃になって学校に慣れ、きちんと登校するようになりました。担任の先生が算数を教えるのが得意だったので、算数を中心に授業が進んでいました。隣のクラスは体育系の先生で、同級生たちが校庭で楽しそうに運動をしていました。それを見て、何で算数ばかりやらされるのだろうと感じ、勉強が嫌いになりましたね。

小学校を卒業した後、地元の中学校から進学校の高校に進みましたが、勉強は相変わらず嫌いでした。12歳離れた姉の友達が私の家庭教師をしてくれましたが、逃げてばかりいましたね。大学に進学する気持ちも強くなかったのですが、一族は全員大学を卒業していて、進学しないといけない雰囲気でした。数学が嫌いでしたが、文系の勉強は楽しかったので漢文の勉強に興味を持ち、東京の大学に進学しました。

レコード販売で知った商売の面白さ

大学に行くと、東京で知り合ったレコード屋さんに「儲かるよ」と言われたことがきっかけで、スーパーの軒先で流行っていた「ソノシート」というレコードを並べて売り始めました。自分でレコードを買い付けて、一日中音楽をかけていると、レコードが飛ぶように売れるんです。そこで楽しそうだなと思って始めたんですが、商売の面白さを知りましたね。儲かることよりも、お客さんと話をすることの方が楽しかったです。

他にも、自分の知らない世界を知りたいと思い、国内のいろんな場所を旅行しました。その土地の人に会って料理を食べて、そこでしかできない体験をすると、大きな刺激になりましたね。こうした体験を積み重ねて、視野が広がっていくのが楽しかったです。

生活する上で大切にしたのは「面白いかどうか」でした。自分の体験がどんな面白いことにつながるのかを考えながら、面白いと思ったことには全力を尽くしましたね。

結局、大学でもあまり勉強せず、就職活動にも力を入れませんでした。両親に「どこかいい会社はあるか?」と相談したところ、東京のお菓子メーカーを紹介してくれたので、コネで就職することになりました。

お客さんの必要な物を常に考える

入社すると営業に配属されたのですが、営業用に使っていた社用車を運転中にぶつけてしまいました。その時、仕事で車を運転することに危険を感じ、1年ほどで退職、地元に戻りました。次のあてはありませんでしたが、「何とかなるだろう」と思っていましたね。

その後、父の関係でいくつかの金融機関から「うちで働かないか?」と声がかかり、そのうちの1つに入行。高校の同級生が働いている兵庫県の支店に配属されました。

支店ではお金の計算・管理をする出納業務に携わりました。でも、全く面白くなくて。ついにある日、「こんな阿呆らしいことやっておれるか」と思って、先輩の女性に小銭を投げつけて家に帰りました。家まで話をしに来てくれた支店長に、「外回りをやらせてほしい」と訴え、営業に配属されることになりました。

支店内で問題児として扱われていたので、特に期待もされていなかったようです。自転車1台を与えられ、銀行の店周りを回る日々でしたね。でも、営業は好きだったので、1軒ずつ回って営業をしていたら、少しずつ業績が上がっていき、認められるようになりました。人と会って話をするのが好きだったのと、甘えん坊だったのでお客さんが私のことを可愛がってくれたんです。人に恵まれたおかげで、ある時期から営業成績は常にトップクラスになりました。

お客さんとは自然体で親しくなりました。銀行員として営業には行きますが、営業の話は基本的にせず、お客さんの悩みを聞く姿勢で接していましたね。雑談することもよくありました。お客さんと仲良くなって、休みの日に遊びに連れて行ってもらったこともありましたね。

交流の中で、お客さんが本当に何を必要としているのか、銀行の商品として何を提示するのが最適なのか、そんなことを常に考えていました。商品を提案するときは、お客さんに面白いと思ってもらえるものを提示しないと、取引してもらうには至りません。仕事をしている時は、「働く」という感覚は持ち合わせておらず、常にゲーム感覚でしたね。

ゲーム感覚だから、実現が難しいほど燃える

営業としてステップアップをする中で、女性が営業できるような環境を作ろうと思い立ちました。銀行員が日中に戸別訪問をするとき、家主は仕事でおらず、奥さんが応対してくれることがほとんどです。銀行員のほとんどは男性なので、家に入れることへの警戒心から、お客さんと話をするときは常に玄関先でした。これだとなかなか深い話ができません。男性だと玄関から中には入れないと思い、女性が営業に行くことを上司に提案したんです。上司には反対されましたが、失敗したら自分が責任を取ると言い、認めてもらいました。

新しいアイデアを出したからには、絶対に成功させようと思いました。ゲーム感覚なので、実現が難しいほど燃えるんです。ただ、女性行員を一人で営業に行かせて、行員の方に何かあってはいけません。お客さんの情報を調べた上で、女性が訪問しても安全だと思うお客を選ぶなど、準備も念入りにしました。私たちの取り組みを見て応援してくれる重役も現れましたね。

実際、女性の営業が戸別訪問するようになってから、業績が上がりました。私が玄関先でしか話せなかった奥さんたちが、営業の女性たちが来ると、お茶の間まで招き入れて話をしてくれるようになったんです。

どんなにいいアイデアがあっても、周りの人が助けてくれないとアイデアは実現しません。人はものすごく大事にしました。義理人情も大切にし、困ったときに助けてくれた人に対しては、必ず恩返しをしようと常に思っていました。

いい人に出会えればいい人生が送れる

銀行で26年勤め上げた後、お声がけをいただき、住宅ローンの債権を回収する機関に転職しました。何らかの事情で住宅ローンを滞納している人と向き合って、債権を回収してくるのが主な仕事です。

債権回収の仕事は、払うべきお金を払えない人がお客さんなので、業務にいいイメージはありませんし、やりたがる人も多くありません。でも、私は仕事をゲームと捉えているので、難しいほど燃えるんです。銀行の債権回収も円満解決することが多かったので、その実績を買われたようでした。

お客さんの元を訪れて「お金を払ってください」と言っても簡単には応じてくれないので、まずは親身になって話を聞きます。最初は「この家を取りに来たのか!」と怒鳴ったり、殴りかかってきたりする人もいます。怒った後、鉄アレイを持って追いかけてくる人もいました。

お客さんの気持ちになって話を聞かないと、お客さんは感情的になってしまうので、何度も足を運んで、心の距離を縮める努力をしました。親身になって何度も話を聞いていると、お客さんも最終的に「滞納して悪かったね」と言ってくれて、家を手放さないですむよう、一緒に解決策を考えてくれるようになるんです。解決策を考えているときは楽しかったですし、解決したときには達成感もありました。実績を積んでいくうちに、岡山だけじゃなく、兵庫や広島、鳥取など各地を回るようになりました。

その後、別のところからお声がけをいただき、経営コンサルティングの仕事も始めました。経営者と従業員のコミュニケーションを改善することが主な業務です。基本的に経営者と従業員では仕事に対する考え方や姿勢などが違うので、コミュニケーションがうまく取れていないことが多いんです。

コンサルティングをする中で用いたのは、古代中国の思想家・孔子の教えをまとめた『論語』です。学生の時から論語は知っていましたが、コンサルティングを始めてから、自分が教えている話のほとんどが論語に書かれていると気づいたんです。もう一度きちんと論語を学び直し、コンサルティングに取り入れていきました。

経営者から依頼を受けて従業員に話をする中で、「ああしなさい。こうしなさい」と頭ごなしに言っても、なかなか従業員たちには伝わりません。そんなときに論語に書かれた教えを伝えると従業員たちも納得してくれるんです。

コンサルティングをいろんな企業で進めていくうちに、改めて人と人との触れ合いの大切さに気づきました。いい人と出会えればいい人生が送れるし、そうでない人と出会えばそうでない人生になっていきます。いい人と出会ってやりたいことを事業にすれば、自分もみんなも人生が面白くなると思ったんです。

面白いことを追求しながら社会貢献を

現在は、経営コンサルのほか、人との出会いを基軸に、幅広く事業を展開しています。金属などを切断するときに摩擦の抑制と冷却のために使う「切削油」の販売代理店、保育園の経営、店の営業時間を不定期にしている餅の販売、ミャンマー人の介護人材紹介などです。個人では農業もしています。

幅広く事業をするのは、いい人に出会ったからです。例えば保育園は、保育園を作りたいという思いやスキルがある人と出会ったから、一緒に立ち上げました。いい人と出会い、一緒に事業をして人や事業が育っていく過程を見るのが楽しいです。

私は常に新しいこと、面白いことを探しています。嫌いなことはやりません。楽しくないからです。好きなこと、楽しいことを追求して、自分に関わる人が成長する過程を見届けたいと思います。今後は天ぷら屋もやりたいと思っていますね。理由は、私が天ぷら好きだからです。引きこもりの人たちを助ける事業も展開していきたいですね。「好き」だけではダメで、自分の活動が社会貢献につながらないと、うまくいかないと思っています。

好奇心や興味を持って生活していれば、いろんなアイデアが生まれます。アイデアを生むためには、まず何でもやってみることです。私は自分でご飯も作りますし、洗濯も掃除もやります。まずやってみて、そこから得られる体験や考えを、自分の仕事や活動に活かせないか、常に考えているんです。

仕事がゲーム感覚という考えは、今も変わっていません。もちろん全てが成功しているわけではなくて、失敗のほうが圧倒的に多いです。でも、失敗して初めてわかることがあります。経営の神様と言われたパナソニックの創業者・松下幸之助も「失敗したところでやめてしまうから失敗になる。成功するところまで続ければそれは成功になる」という言葉を残しています。失敗なくして成長はありません。

ただ、本当に危険が及ぶほどの失敗はしないように心がけています。私は臆病で気が小さいので、無謀なことができません。そんな性格だからこそ、本当に危険なことは見極めて避けています。だから、これまでいくつかの事業を起こしましたが、大きな失敗はしていないんです。自分で見て聞いて、何でもやってみる。小さい失敗をたくさん重ねた上で、楽しいこと、面白いこと、やりたいことを追求し、社会貢献をしていきたいです。



2020年1月29日

石野 順/いしの すなお|事業家

※この記事はトマト銀行の提供でお送りしました。

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このインタビュー記事は、外部インタビューサイト
・アナザーライフ
https://an-life.jp/
にも掲載されています。

執筆者

日本情報マート

中小企業の頼れる情報源として、経営者の意思決定をサポートするコンテンツを配信。「開業収支」「業界動向」「朝礼スピーチ」など2000本を超えるコンテンツを有するほか、年間200件以上の市場調査も行っている。現在、50を超える金融機関に情報提供を行っている。