会社経営

植村直己は「感謝の気持ち」を担いで最高峰へと辿り着いた

2025.08.18


「私たちはうしろにいる家族、友人、知人、この隊の派遣に尽力してくれたスポンサーによって支えられていることに感謝し、無事登頂に成功して、ふたたび全員がこの高台で乾杯できるように祈ります」

 植村直己(うえむらなおみ)氏は、1970年に日本人で初めて世界最高峰のエベレスト登頂に成功し、さらに同年、北米大陸のマッキンリー登頂を成し遂げて、世界初の五大陸最高峰登頂者となった人です。

 冒頭の言葉は、植村氏がエベレスト登頂を果たした際、山に登る前に登山隊の隊長として述べた挨拶です。植村氏は、農家の生まれで小さい頃から自然に親しみ育ちましたが、本人曰く登山に関しては「ほんの新米」で、数々の偉業も「幸運とまわりの人の協力や友情に恵まれたから」。五大陸最高峰制覇を果たしてなお、この謙虚さを持っているのですから驚きです。

 植村氏は登山において、常にこの謙虚でひたむきな姿勢を貫き通してきました。例えば24歳の頃、アルプス近辺でアルバイトをしながら登山のための資金を稼いでいた植村氏は、母校・明治大学山岳部のヒマラヤ遠征隊に参加することに。ゴジュンバ・カンという未踏峰に挑み、登山隊の中で唯一頂上を踏んで新聞の一面に掲載されましたが、「頂上に立たせてもらっただけで、他の隊員のように骨身を削ったわけではない」と、日本帰国の勧めを断りアルプスへ帰ってしまいます。

 また、エベレスト登頂の際も、同行していた松浦輝夫氏に、「先輩お先にどうぞ」と頂点への最初の一歩を譲りました。植村氏はこのアタック隊に選ばれたことについても、「このうえもなくうれしい反面、みんな頂上に立ちたいのに、心苦しかった」と語っています。

 登山において、謙虚さは必要不可欠です。なぜなら、山が高ければ高いほど、一人の力で登りきるのが難しくなるからです。偵察や警備や、場合によっては軍隊やスポンサーまで多くの人の協力や援助が必要であり、「自分の力だけで山に登っている」という傲慢な考えでは、人はついてきません。頂上に立つ人は、植村氏の言う通り誰かに「支えられて」そこに立っているわけです。

 植村氏はどれほど高い山の頂上に立っても決しておごらず、その謙虚さと周囲への感謝の気持ちを持ち続けました。経営者もビジネスの世界で、社員という登山隊を率いて山を登り続けているわけですが、高い山に登った人、つまり成功を収めた人ほど、「自分がここにいるのはみんなのおかげだ」という謙虚さを持っているはずです。

 もっとも、植村氏のエピソードからは、「感謝の気持ちや謙虚さを持ち続けるだけでなく、伝え、行動で見せることが大切」ということも学べます。日ごろから顔を合わせる社員へ感謝の気持ちを素直に表すのは気恥ずかしいですが、植村氏を見ていると、「伝える」ことの重要性も理解できます。

 植村氏は自身の挑戦を振り返り、出会った人々の中に誰ひとり悪人は居なかった、と語っていますが、それは「良い人の周りに良い人が集まる」ということ。その摂理は、悠然と構える山岳のように、不動のものだといえるでしょう。

以上

出典:「エベレストを越えて」(植村直己著、文藝春秋社、1984年12月)

執筆者

日本情報マート

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