業界動向

期待高まる「自転車関連ビジネス」 裾野を広げて顧客獲得

2020.04.01

書いてあること

主な読者:
宿泊施設・住宅(不動産)・観光・健康関連サービス業界の経営者
課題:
人口減や高齢化の加速に備え、集客力の向上および集客方法の転換が求められている
ポイント:
健康志向や環境問題など、将来的なテーマに合致したアイテムである自転車のユーザーの裾野を広げ、固定客として取り込

1 自転車関連ビジネス、続々登場

 健康志向、環境問題、人口減に伴うコンパクトシティ化、災害時の交通機能の維持、観光立国などなど。

 「自転車」は、日本の将来を語る上で欠かせない、こうしたキーワードに合致するアイテムの1つです。国や地方自治体が自転車の活用の推進を図る中、潜在的な成長余地を見込む会社による、自転車ユーザーをターゲットにしたビジネスが続々と登場しています。

 その中には、顧客として取り込める自転車ユーザーの裾野を自ら広げる動きもあります。ひとたび自転車ユーザーの取り込みに成功すると、自転車関連の他領域に進出したり、自転車メーカーとコラボレーションができたりと、波及効果や相乗効果が期待できます。

2 裾野を広げる自転車関連ビジネスの事例

1)自転車ショップ×八百屋×コインランドリー

 東京・五反田駅近くの東急池上線のガード下に自転車ショップと八百屋、コインランドリーを併設したショップ「STYLE-B」があります。運営するのは、駐輪場システムなどを手掛ける日本コンピュータ・ダイナミクスです。中核の自転車ショップでは、自転車を含むアウトドア関連のアパレル・雑貨を販売する他、メンテナンス用のピットや、レンタサイクルも展開しています。

 目指しているのは、裾野が広いライトユーザーの取り込みから始まる自転車関連事業の垂直展開です。米国発のおしゃれな自転車ブランド「Pure Cycles」を国内独占販売するなど、商品や店舗の内装はデザイン性にこだわりましたが、ライトユーザーは「自転車ショップだけでは気軽に入りにくい」(店舗開発を行ったマネジャー)という面もあります。

 そこで、東京都内で多店舗展開している「旬八青果店」をテナントに呼び込んだり、スウェーデン製の洗濯乾燥機6台を導入して自社運営のコインランドリーを併設したりして、「入りやすさ」と「入りたい」を意識しました。

 旬八青果店ではコーヒーも販売しており、来店者は10席ほどの多目的スペースでくつろぐことができます。自転車ショップを、来店頻度の高い八百屋とコインランドリーに挟まれた多目的スペースに面して配置することで、来店者が自転車を目にする機会を増やしました。

 「八百屋に来た母親に自転車ショップであることも認知してもらい、子供を送り迎えするようになったときに、電動アシスト自転車を購入してもらう」「コインランドリーに来た人が、待ち時間に多目的スペースでコーヒーを飲みながら自転車を眺めるうちに、サイクリングに興味を持ち始める」。STYLE-Bでは、このようなシーンを想定しています。

2)サイクリスト向けマンション

 「愛する自転車を、屋外の共用駐輪場には置きたくない」。そんなサイクリストの思いを実現した賃貸ワンルームマンション「LUBRICANT ARAKAWA BASE」が、東京・江東区の荒川近くにあります。部屋に自転車を収納できるラックがあり、マンション入り口はカギを取り出さなくても開くシステムを採用。エレベーターは自転車を楽に載せられるように奥行きを広くしています。マンションを開発した長谷工不動産はこうした設備を、自転車雑誌の監修を受けながら整えました。

 開発会社の狙いの1つは、新たな入居者募集ルートの開拓です。LUBRICANTの場合、入居者の募集は不動産業者経由ではなく、自転車関連イベントなどの場で独自に行っています。当初は手間が掛かるものの、「認知度の向上とともに入居者の募集コストが低下する」(マンションの企画担当者)ことが期待できます。

 また、LUBRICANTで得られる、自転車ユーザーにとって便利な設備に関するノウハウを活用して、通常のマンションで自転車を利用する人たちへの利便性の向上につなげることも想定されています。

 さらに、共用スペースの貸し出しによる収益も大きな狙いの1つです。荒川沿いにサイクリングに訪れる非入居者も含め、共用スペースを「サイクリストが集まる場所」として定着させることで、自転車や関連用品の製造販売業者をはじめとする、自転車関連業者による臨時出店やイベント開催の機会が増えると見込んでいます。

 自転車関連業者にとっても、サイクリストを対象としたターゲット・マーケティングをしやすいメリットがあります。自転車用のトレーニング機材の製造会社が、マンションの住民などをモニターとして活用したケースもあるそうです。

 こうした狙いを実現させるため、開発会社は最も重要となるマンションの認知度向上に向けて、次のような取り組みを行っています。

  • 月に2~3回程度のペースで、サイクリストを対象にしたトレーニングやスキルアップの講習を開催する
  • 海外で活躍する現役の自転車競技の選手がオフシーズンに入居した際の感想をSNSに投稿してもらう
  • サイクリストとして影響力の強いYouTuberに共用スペースを体験してもらう

 なお、マンションの賃料は「サイクリストに向けた設備・サービスなどのこれまでにない付加価値により、周辺相場に縛られない賃料設定をしている」(マンションの企画担当者)とのことですが、30~40代の独身者を中心に20戸程度(全38戸)の入居者があり、セカンドハウスとして週末に利用する人もいるそうです。

 共用スペースには、メンテナンス用のピットやトレーニング施設、洗車用の設備があります。また、交流スペースには自転車雑誌が並び、自転車競技が見られる大型テレビも備えます。この他、提携した近隣の自転車ショップが「サイクルコンシェルジュ」として週に1回マンションを訪問し、自転車のサポートやメンテナンスをするサービスも提供しています。

3)愛車で観光地を回れるサイクリングバスツアー(R)

 旅行先でサイクリングを楽しむ「サイクルツーリズム」は、国内外の観光客を誘致し地域の活性化につなげる手法として注目を集めています(後述)。とはいえ、わざわざ遠方の観光地まで自転車をこいで行くほどの愛好家は限られます。

 そこで生まれたのが、自転車を積んだバスで観光地まで移動し、好きなスポットだけを自転車で回れる「サイクリングバスツアー(R)(注)」です。

 国際興業は、2012年4月から日帰りを中心としたサイクリングバスツアーを催行している草分け的な存在です。ターゲットは、サイクリングの初心者からサイクリングの面白さを感じてきた人までの、ビギナー層が中心です。このため当初は「顧客と自転車の輸送サービス」としてスタートしましたが、今では添乗員が同伴し、現地でサポートライダーが帯同することもあります。同社は、「適切なサイクリングルートの選定や、食事場所・観光場所の紹介が大切。各種のトラブルや、補給食の提供などのさまざまなニーズにも対応するようになった」(ツアーの担当者)といいます。ツアーによっては現地で自転車を借りられるようにアレンジし、手ぶらでの参加も可能としました。きめ細かなサービスにより、「価格面で改善の余地はあるが、一度ツアーに参加していただくと、ヘビーなリピーターになってもらっている」(同)とのことです。

 長年の取り組みにより、ツアーの受け入れに関する引き合いも増えているそうです。同社は、「サイクリングイベントの開催者からの問い合わせはしばしばある。サイクリングを活用して観光振興につなげたい地方自治体からの問い合わせも、日を追うごとに増加している。お客様に良質なサービスを提供できるよう、受け入れ先の地方自治体の熱心さなども考慮しながら、タイアップ先を考えている」(同)といいます。

(注)「サイクリングバスツアー」は、国際興業の登録商標です。

4)“輪泊”ホテルも開業 官民一体でサイクルツーリズムの拠点に

 東京から電車で1時間程度の距離にある茨城県土浦市。霞ヶ浦と筑波山の結節点として、湖と山を臨む自然豊かなエリアでもあります。その要衝となるJR土浦駅に直結した駅ビル「PLAYatre TSUCHIURA」内に、星野リゾートが手掛ける自転車ユーザー向けのホテル「星野リゾート BEB5土浦」が開業しました。

 ホテルのテーマ「ハマる輪泊(りんぱく)」は、自転車に興味のない人もその魅力にはまり、あらゆる自転車ニーズにはまることを意味しています。部屋数は90室で、一部の部屋は自転車を持ち込める他、愛車と一緒にチェックイン・チェックアウトができます。

 BEB5土浦が入居するPLAYatreは、霞ヶ浦の外周など全長約180キロメートルのサイクリングロード「つくば霞ヶ浦りんりんロード」の利用者へのワンストップサービスを提供する拠点施設として、2018年3月にオープンしました。館内には自転車で乗り入れることができます。駐輪場や、自転車を持ち込めるサイクルカフェの他、自転車ショップ、レンタサイクル、シャワー室、コインロッカーなどを集約した茨城県の施設「りんりんスクエア土浦」も入居しています。

 同県によると、りんりんロードの自転車利用者数は2015年度の約3万9000人から2018年度には約8万1000人に増加しました。2020年度は約10万人を目標に掲げており、BEB5土浦とりんりんスクエアとの融合により、東京方面を中心とした一般観光客などの集客力向上が期待されます。

3 自転車ユーザーの増加に寄与する要因

 今後、自転車ユーザーの増加に寄与する要因について、ビジネスフレームワークのPEST分析を使って紹介します。

 特に注目すべき点は、社会的、経済的な流れを受けて、国や地方自治体が自転車の活用を積極的に推進していることです。国や地方自治体による取り組みは今後、自転車ユーザーの裾野の拡大や、自転車関連ビジネスの発展に、さまざまな影響を与えることも想定されます。そこで本章では、国および地方自治体による自転車の活用推進の動きをまとめました。

1)自転車活用推進法の施行

 2017年5月に、「自転車の活用による環境への負荷の低減、災害時における交通の機能の維持、国民の健康の増進等を図る」ことを目的とした自転車活用推進法が施行されました。これに基づき政府は同月、国土交通大臣を本部長とする自転車活用推進本部を設置しました。

 2018年6月に閣議決定された2020年度までの自転車活用推進計画では、自転車の活用の推進に向け、さまざまな指標を設定しています(図表3)。

 同推進本部は2019年11月、サイクルツーリズムの推進を目的に、「第1次ナショナルサイクルルート」として3ルートを指定しました。前述の「つくば霞ヶ浦りんりんロード」もそのうちの1つに含まれています。

 また、同推進本部と自転車協会など自転車関連の団体は2019年4月、自転車活用推進官民連携協議会を発足させています。

2)自転車を活用したまちづくりを推進する全国市区町村長の会

 2018年11月に、294の地方自治体が参加して「自転車を活用したまちづくりを推進する全国市区町村長の会」が発足しました。発足1年後の2019年11月時点で参加する地方自治体は358まで増えています。同会について、ウェブサイトでは「我が国の自転車文化の向上、普及促進を図るとともに、各地域が取り組む地方創生推進の一助となること」を目的に掲げています。

4 参考データ

 本章では、自転車の普及率や購入されている新車の車種など、自転車ユーザーに関する現在の傾向を示したデータを紹介します。

1)自転車の普及率の推移

 自転車の普及率は上昇傾向にあります。

2)車種別の1店舗当たり平均年間新車販売台数の推移

 新車販売台数に占める車種別の構成比を見ると、日常の交通手段に主として使われる一般車が低下傾向にある一方で、一般道路での走行に適したスポーツ車であるクロスバイクや、電動アシスト車の比率が高まっています。

 自転車ユーザーの好みが、従来の「ママチャリ」のようなタイプから、ファッション性や機能性の高いタイプの自転車にシフトしているとみられます。

 同じく自転車産業振興協会「自転車国内販売動向調査 年間総括(2018年)」では、一般車で最も多く購入された価格帯(価格帯別販売台数構成比が最も高い価格帯)は、2万3001円~2万7000円です。一方、クロスバイクは5万1円~8万円、電動アシスト車は10万1円~12万円の価格の自転車が最も購入されています。自転車が「単なる交通手段としてのツール」から、「こだわりを持った愛用品」「サイクリングを楽しむための娯楽用品」に変わってきているといえそうです。

以上(2020年4月作成)

執筆者

日本情報マート

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