会社経営

価格競争から脱却するために不可欠な経営者の意識改革/「
人を大切にする経営」で業績アップ(3)

2022.06.10

書いてあること

主な読者:
業績は上がらないし、社員は生き生きと働いていない。会社の経営指針を根本的に見直したいと考えている経営者
課題:
社員の幸福や会社の社会的意義も大事だが、業績が悪ければそれどころではない
解決策:
会社に関係する全ての人の幸福を最優先する「人を大切にする経営」を実践する。経営者の意識改革によって変化を見誤らない「眼」を持ち、価格競争から脱却する

1 経営者がかじ取りを誤れば、人を大切にはできない

 これまで2回にわたって、人を大切にする経営のエッセンスについて述べてきました。第3回からは、いよいよ本格的な実践編になります。

 新型コロナや不安定な国際情勢など、経営に関する不確実性は、かつてないほど高まっています。人を大切にする経営を実践していくには、経営者が環境変化に対して適切なかじ取りを行い、環境変化にもびくともしない会社にすることが不可欠です。

 そのためには、経営者が、

時代の変化や現在抱えている問題を見誤らない「確かな眼」を持つ

とともに、会社を、

社員の犠牲の上に成り立つ「価格競争」から脱却し、社員の能力の活用・向上によって永続的な成長を目指す「非価格競争」へと転換する

ことが求められます。「非価格競争が理想であることは分かっているけど……」と考えている経営者のあなたには、新しい市場を見いだしていくための意識改革が求められるでしょう。

 今回は、環境変化にもびくともしない経営を実践するために、経営者に必要な意識改革について述べていきます。

2 経営者が持つべき「5つの眼」

 外部環境に適応するために新たなことを始めようと思った際は、不安定・不確実な社会情勢を見極めることが重要です。そのために、経営者が持つべき「5つの眼」があります。それは、

  • 1.主観ではなく客観
  • 2.短観ではなく歴史観
  • 3.ローカルではなく世界観
  • 4.現象観ではなく本質観、原理原則観
  • 5.企業観ではなく現場観・現物観・現実観(三現観)

です。

 主観ではなく客観とは、変化・問題を、自社・自身を基準にして観るのではなく、第三者的・俯瞰(ふかん)的な視点で観るということです。主観にとらわれず、より幅広くものを観る眼のことです。

 短観ではなく歴史観とは、変化・問題を、対前年比較などの短期ではなく、5~10年の中長期のスパンで比較するということです。時間軸をしっかり持ち、長い歴史の中の一つの時間として、今を眺める眼のことです。まさに今、国際情勢の転換点にいる私たちにとって必要な視点といえます。

 ローカルではなく世界観とは、変化・問題を、自社・自身の生活範囲や地域レベルで判断するのではなく、より広い世界的視野から観察するということです。幅広い空間軸でものを観て、そして判断する眼のことです。

 現象観ではなく本質観、原理原則観とは、変化・問題を、その現象だけ見るのではなく、それをもたらした要因・本質を見極めるということです。表面的に物事をとらえるのではなく、原理原則を見つめ、本質を見極める眼のことです。

 企業観ではなく現場観・現物観・現実観(三現観)とは、変化・問題を、現場・現状も知らずに机上の空論で判断するのではなく、その現場に出向き、現物を見て、現実を知るということです。三現主義でものを観る眼のことです。

 経験したことのない激変する環境下においても、この5つの眼を持っていれば、時代の変化や現在抱えている問題を見誤ることなく物事を進めていくことができるはずです。

3 価格競争からの脱却に必要な「オンリーワン経営」の意識

1)「オンリーワン経営」によって培われる非価格競争力

 永続的に成長する会社に共通する要因の一つが、非価格競争力です。価格に関する会社の競争力は、大きく分けると価格競争力と非価格競争力の2種類あります。価格競争力とは、言うまでもなく「他社より安い」といった価格の安さを追求した競争力です。

 一方、非価格競争力とは、価格の安さではなく、他社にはない価格以外の付加価値を追求した競争力で、新たなマーケットの創造を目指すものです。もう少し具体的に言うと、

  • その会社でしか扱っていない価値ある商品
  • その会社でしか創造・提案できない価値ある感動サービス
  • お客さまが絶賛する組織風土やブランド

などをいいます。すなわち、市場・業界シェアや売り上げ規模が一番といった「ナンバーワン経営」ではなく、「オンリーワン経営」によって培われる競争力だといえます。

 どちらの競争力が理想的かといえば、恐らく100%の経営者が非価格競争力だと回答すると思いますが、実現できている会社は多くありません。

2)非価格競争力が強く求められる時代に

 今から6年ほど前になりますが、「非価格競争経営に関するアンケート調査」を行ったことがあります。回答企業(製造業・非製造業を含め836社)のうち、「価格競争型企業」が81%、「非価格競争型企業」が19%でした。当時は価格の安さを売りにした会社、つまり価格が安いことが唯一の存立基盤という会社が圧倒的に多かったのです。

 価格競争型企業が圧倒的多数だった時代、このような売り方がよく見られました。例えば、大手スーパーや量販店で、「自社の価格がもし他店よりも1円でも高ければ、そのチラシを見せてくれたら同じ価格、さらに安い価格にします」という売り方です。チラシがなくても、「あそこの店はここよりも安かったから、ここで買うから同じ価格にしろ」という、声の大きい客にだけ値引きをするといった売り方もされていました。

 確かに当時は、1円でも安くなるからありがたいと、多くのお客さまがチラシを持参して、複数店舗を歩き回ることもありました。しかし、いつしか時代も消費者心理も変わり、お客さまは、「この店が当初設定した価格は何だったのか」「声の大きい客、値切れる客だけ安くなるのはおかしいのでは」と、逆にそのお店の値決めに不信感を増幅させていくようになったのです。

3)非価格競争への転換に成功した大阪のばねメーカー

 大阪府大阪市に本社のあるばねメーカーT社の社長(現顧問)は、かつて欧州視察に参加した際、ドイツのばねメーカーを見学しました。そのときの質疑応答で、彼が「価格はどのように設定していますか」と質問すると、「原価などに利益を乗せて設定している」との答えが返ってきました。続けて、「値引きを要求されませんか」との質問には、「値引きして売っているようでは、ばね屋として成り立たない。価格が折り合わなければ断るだけ」との返答だったそうです。

 その言葉を聞いた彼は、「単品特化のばね屋が値引きしたら消滅する運命しかない」「人が嫌がる仕事は正当に評価されるべき」ということに気付きました。そして、非価格競争の世界に足を踏み入れ、価格決定権を得ることに成功したのです。

 T社はそのために、1本単位の注文であっても高品質のばねを生産できる、高度で精密な技術力に磨きをかけました。国家資格である「金属ばね製造技術士」を保有する優秀な職人を多数育成するとともに、日本一難易度が高いと自負する社内独自の技能検定も実施して技術力を高め、独自の「単品に特化した多品種微量・完全受注生産」システムを確立しました。

 今では、値引き交渉をしてくる問い合わせには、「他社をお探しください」ときっぱりお断りするとともに、納期についてもT社の都合を理解いただいたお客さまの注文にのみ応じるようにしているのです。

4 非価格競争でマーケットを創造するための3つの型

 非価格競争を実現するためには、

取引先、お客さまに、いかにファンになってもらうか

が重要です。

 具体的に、非価格競争でマーケットを創造する方法として、次の3つの型が考えられます。

  • 1.顧客密着型
  • 2.新商品開発型
  • 3.オペレーショナル・エクセレンス型

1)中小企業の小回りを活かした顧客密着型

 顧客密着型とは、文字通り、お客さまにとことん密着し、お客さまの状況を察し、「喉が渇く前に飲み物を渡してあげる」「背中がかゆくなる前に背中をかいてあげる」といったサービスを提供するタイプです。すなわち、

大企業には難しい、中小企業だからこそできる小回りの利いた対応

をすることです。具体的には、商品・サービスの価格は他社より少々高くても、

  • 接客サービスやアフターサービスが抜群に良い
  • 1個の注文や、今日・明日という短納期の注文であっても対応してくれる
  • 困ったときにいつでも駆けつけてくれる

といったサービスが挙げられます。

 例えば、神奈川県横浜市で新築やリフォームの工事および企画設計を行うS社の取り組みが挙げられます。S社は、アフターフォローという概念が薄い業界にあって、「地元住民が困ったときに、何でも頼める『住まいのかかりつけ医』となる」をモットーに、リフォームした家を定期的に訪問し、不具合がないかを聞いて回るなどしています。他社が敬遠する小工事についても手間暇惜しまず、迅速に対応してくれることから、口コミや顧客からの紹介を通じてお客さまが増え続けています。

2)商品・サービスそのものの魅力で勝負する新商品開発型

 次に、新商品開発型とは、商品・サービスそのものの魅力で引きつけるタイプです。

  • 自社しかできない/やれない価値ある商品の創造・生産・販売を行う
  • お客さまを飽きさせることなく常に新しい商品・サービスを提供し続ける

ことによって実現します。ただし、新商品・サービスの開発といっても、全てをゼロから作り上げる必要はなく、既に他社にもあるもので、お客さまが不満に思っていることを解消するなどの改善も当てはまります。

 例えば、ブルーシートの材料にもなっている「フラットヤーン」の関連製品および産業機械の製造・販売を行う岡山県倉敷市のH社は、多様な商品を開発し続け、ニッチな市場にも領域を広げています。例えば、シートであれば、防炎、遮熱、防音といった機能を訴求した商品や、発掘現場での埋蔵文化財保護シートのようなニッチな商品まで手掛けています。また、水中に浸してもむと数分で土のうの代用品になる吸水土のうや、コンクリートに混ぜるとひび割れが生じにくくなる補強繊維など、さまざまなヒット商品も生み出しています。その根底にあるのは、創業の精神「おもしれえ 直ぐやってみゅう(岡山弁で「やってみよう」の意味)」であり、社員からのカイゼン提案は年間5000件を超えているそうです。

3)オペレーションの改善で差別化を図るオペレーショナル・エクセレンス型

 最後のオペレーショナル・エクセレンス型とは、生産方法や販売方法などのオペレーション面で、競合会社に対してスピードやコストで差別化を図っていくタイプです。「こんなに良いものが、こんなに安く」や「旨い・安い・早い」という言葉を聞いたことがあると思いますが、それらはこのタイプに当てはまります。

 このタイプには、先ほどご紹介した大阪府大阪市のばねメーカーT社が該当します。T社は現在、「ITを活用した完全受注生産体制」を整備し、同業他社がやらない/できないレベルのサービスを提供することで、お客さまからのばねに関する「困った」を解決しています。

5 非価格競争のために利活用すべき「第4の経営資源」

 非価格競争とそれによるマーケットの創造は、自社の既存の経営資源のみでの取り組みではなかなかうまくいきません。当然、既存事業を行いながら付加価値の高い分野に進出していくことになるので、新しい人材や技術、ノウハウが必要になります。中小企業は総じて、人材・技術・情報といった経営資源に限界があります。

 では、多くの中小企業は限られた経営資源の中で、いかにして戦っていけばよいのでしょうか。そのヒントになるのが、

ネットワーク型経営の実行

です。つまり、

外部にある必要な経営資源を自社に取り込み、有効活用することで、その経営資源をあたかも自社の経営資源のように高度に利活用する経営

を進めることです。

 ここでいう外部経営資源とは、同業種の会社はもとより、取引先の会社・異業種会社、さらには弁護士や公認会計士・税理士・社会保険労務士・経営コンサルタント、行政や大学等教育機関が持つ資源のことを指します。

 人材・技術・情報、またはヒト・モノ・カネに次ぐという意味で、これを第4の経営資源と呼んでもよいと思います。こうした第4の経営資源の利活用のためには、

中小企業は内にこもらず、価値ある仲間を求め、積極的に外に出るべき

といえるでしょう。

 そして、まずは産学官交流会や異業種交流会、展示会などに参加して、自社の存在を広く知らしめる必要があります。こういった場には、同じ考えを持つ人たちが多く集まっているため、価値ある人脈作りに格好な場となるからです。

 次回の第4回は、人を大切にする経営において重要な取り組みとなる、“人財”活用および育成について、働き方や雇用の在り方、創造的な社員の育成手法などを事例を交えてご紹介します。

以上(2022年6月作成)
(執筆 人を大切にする経営学会事務局次長 坂本洋介、水沼啓幸)

【著者紹介】

坂本洋介(さかもと ようすけ)
1977年静岡県生まれ。東京経済大学大学院経営学研究科修了。株式会社アタックス「強くて愛される会社研究所」所長、コンサルタント。人を大切にする経営学会事務局次長。主な著書に「社員にもお客様にも価値ある会社」(かんき出版)、「小さな巨人企業を創りあげた 社長の『気づき』と『決断』」(かんき出版)、「実践:ポストコロナを生き抜く術!強い会社の人を大切にする経営」(PHP研究所)他、連載、執筆多数。

水沼啓幸(みずぬま ひろゆき)
1977年栃木県生まれ。法政大学大学院イノベーション・マネジメント研究科修了(MBA)。株式会社サクシード代表取締役。人を大切にする経営学会事務局次長。作新学院大学客員教授。中小企業診断士。地域特化型M&Aプラットフォーム「ツグナラ」運営。主な著書に「地域一番コンサルタントになる方法」(同文舘出版)、「キャリアを活かす!地域一番コンサルタントの成長戦略」(同文舘出版)、「実践:ポストコロナを生き抜く術!強い会社の人を大切にする経営」(PHP研究所)他、「近代セールス」等連載、執筆多数。

執筆者

日本情報マート

中小企業の頼れる情報源として、経営者の意思決定をサポートするコンテンツを配信。「開業収支」「業界動向」「朝礼スピーチ」など2000本を超えるコンテンツを有するほか、年間200件以上の市場調査も行っている。現在、50を超える金融機関に情報提供を行っている。