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きっかけは震災復興支援…若者を地方企業の責任者に、マッ
チングプログラムが得た成果

2026.04.21


成長意欲でつながる

 若者を地方企業の責任者として就職させるプログラムを一般社団法人「VENTURE FOR JAPAN(VFJ)」が展開している。成長の場を求める若者と、成長を目指す地方企業とのマッチングだ。4月には20人以上が地方企業に就職する。若者の人材育成と地方経済の活性化につながるプログラムのツールは、15年前の東日本大震災からの復興支援だった。

 VFJのプログラムで採用された若者は、地方企業の経営者直下の事業責任者となる。期間は2年。インターンとの違いは有給であること。そして結果を求められることだ。若者は任務を与えられ、2年間のうちにやり遂げる。

 「早い成長や将来の起業を目指す若者は、通常の就職活動にモヤモヤしていた」。VFJの小松洋介代表はプログラムを始めた理由の一つを説明する。大企業になるほど若手のうちは裁量が限られ、望む成長スピードと合致しないと不安に思う若者がいる。

 一方、地方にも成長意欲のある企業が少なくないが、人材不足が壁となっている。新部署を立ち上げたくても、社内異動だと既存事業の人員が減って戦力ダウンとなる。VFJのプログラムを活用すると、若者に新規事業の創設を託せる。若者も成長できる。大都市の若者が地方企業に関心を持つようになれば人材の移動が起き、地方経済にも貢献する。

経営者が復興に取り組み、にぎわいが戻ってきた女川町(19年2月撮影)

 「新卒でいいんだけど」。宮城県女川町の水産加工業の専務の一言がVFJを始めるきっかけだった。東日本大震災の発生から5年ほど経過し、この企業は再建して事業を拡大させようとしていた。

 小松さんは仙台市の出身。震災当時、東京の企業に勤めており、週末ごとに帰省して復興ボランティアをしていたが、「復興に関わらないと後悔する」と退社した。

 自分にできることを探して女川町を訪ねると、会社の再建と町の復興のどちらにも取り組む経営者の姿を見て心が動かされた。会議の資料作成や事業計画の策定、補助金申請を手伝うようになり、1年半後には町の産業を支援するNPO法人「アスヘノキボウ」を設立。「小さな町が大きな被害を受けても『こういう会社にしたい』『こういう町にしたい』と語る経営者と仕事ができた。大きな経験だった」と声を弾ませる。

町ににぎわいが戻ってきた16年ごろ、先ほどの水産加工業の専務から「会社を成長させるために手を打ちたい。けどやってくれる人がいない」と相談された。小松さんが大企業の元幹部を薦めると、希望は新卒だった。専務は「若い人は素直だし、自分で考えて動ける。それにデジタルを使えて優秀。経験がなくても自分が指導する」と言った。これがヒントだった。

VFJ参加者への研修。若者は経営者の右腕となる

 小松さんは自身のメンター(指導者)だった経営共創基盤(東京都千代田区)の冨山和彦社長(当時)に相談。アスヘノキボウの事業としてVFJを東北の企業限定で始めた。ただ、「地方企業の経営者直下の事業責任者としての2年限定の就職」と言っても、すぐに理解してもらえなかった。説明会の開催のほか、復興支援で知り合った大学の先生にも協力してもらって若者を募った。初回の19年4月は3人を企業に送り、翌年から2人、5人、12人と増えた。

 首都圏の若者からの応募を想定していたが、全国から応募があった。また「新規事業を任せられる人がいないと地方企業は成長しない。地方企業が成長しないと地域が衰退する。被災地に限らず、全国の企業が抱えている課題だろう」と確信し、22年にアスヘノキボウから独立。毎年10人以上を採用し、沖縄県の久米島にも若者を送った。企業側もデジタル化や広報・プロモーションの強化、人事部創設といった成果を得られている。若者は2年で退社するが、転職先でキャリアアップした若者と事業で連携することを望む経営者もいる。

 震災後、被災地支援として多くの事業が始まった。中には他の地域の課題解決につながる事業もある。VFJのように被災地から全国へと発展する事業が増えれば、地方の持続可能性向上に貢献するはずだ。

日刊工業新聞 2026年03月13日

松木喬 Matsuki Takashi 編集局第二産業部 編集委員

地方企業で求人といえば普通の従業員、幹部募集といえば大企業OBのようなイメージを持っていました。また成長を目指す若者の就職先といえば都会のスタートアップという印象も。私の固定概念を変えてくれる取材でした。

出典:ニュースイッチ Newswitch by 日刊工業新聞社