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東京都中小企業知的財産シンポジウム座談会 【複雑化する
国際情勢、国と企業の対応 ~これからの企業の成長と経済安全保障~】

2023.12.14


 経済安全保障が中小企業にとって“他人事”ではなくなっている。米中の覇権争いは、ロシアのウクライナ侵攻や中東情勢もからんで複雑に入り組む。経済への揺さぶりは日本に及び、企業価値の源泉である技術が狙われる。政府は経済安全保障推進法を施行し、重要物資の確保や先端技術の流出防止に取り組む。しかし、経営者が“自分事”として取り組まなければ、あの手この手で技術は奪い取られ、企業存立の危機に陥る。

 12月7日に“なぜ他人事ではないか”を紐解くためのシンポジウムを都内で開く。登壇する明星大学経営学部教授の細川昌彦氏、東京大学公共政策大学院教授・公益財団法人国際文化会館地経学研究所長の鈴木一人氏、公益財団法人東京都中小企業振興公社常務理事兼東京都知的財産総合センター所長の荒井英樹が、中小企業が知っておくべき経済安全保障の現状を提示する。

東京都知的財産総合センターに寄せられる相談は、技術流出に関するものが急速に増えている。

荒井 2022年5月に公布された経済安全保障推進法は、重要物資の安定供給確保、基幹インフラ役務の安定提供確保、先端重要技術の開発支援、特許出願の非公開の四つの柱からなります。中小企業に最も求められるのは技術流出の防止です。つまり知的財産や固有のノウハウを守ることです。実際、当センターに寄せられる相談は技術流出に関するものが急増しています。中国に進出した中小企業の製品図面が中国企業間で売買されている、ソフトウェアが出回っているといった、企業の利益を損なう由々しき内容です。中国でいま何が起きているのか、まず知ることが不可欠となっています。

公益財団法人東京都中小企業振興公社常務理事兼東京都知的財産総合センター所長 荒井英樹

鈴木 経済はグローバルに相互依存し、人も自由に移動できる時代です。そこにあるものを自分たちに都合のいいルールによって、我が物にしてしまう国があるということを肝に銘じるべきです。必要な技術が自国になければ、それを狙ってきます。中国では、軍事技術と民間技術の融合が安全保障の強化になると考えられています。知的財産は企業にとって、競争力の源泉となる大切なもの。コストをかけても守っていかなければなりません。

東京大学公共政策大学院教授・公益財団法人国際文化会館地経学研究所長 鈴木一人氏

 経済安全保障は国の政策の問題にとどまらない。中小企業の技術やノウハウも狙われている。サプライチェーン(供給網)の安定も重要。個々の企業が経済安全保障を“自分事”と捉えなければ自らの存立を危うくする。

鈴木 サプライチェーンの安定にも注意を払わなければなりません。中国は8月からガリウムやゲルマニウムに輸出規制をかけてきました。自社が作る製品の材料はどの国から調達されているのか。供給が途絶えたら生産にどう影響するのか。原料や部材の調達を特定国に過度に依存することは、日本の産業の脆弱性を増します。巡り巡って中小企業の事業活動に影響が及びます。

細川 経営者は経済安全保障を“自分事”として捉えなければなりません。サプライチェーンの安定にはまず、どの原材料がどの国から供給されているのかを一つひとつ棚卸しをする必要があります。ただ、企業の調達担当は少しでも安いところから買おうと考えるもの。特定国に過度に依存しているものがいきなり供給ストップされたらどうするのか。そうしたことまで想定して、コストをかけてもリスクを回避する策が打てるのは経営者だけです。消費者が暮らしの安全のために保険に入るのと同じ。海産物の禁輸が業者に打撃を与えましたが、明日は我が身と考え対策を立てておくべきです。

明星大学経営学部教授 細川昌彦氏

 高性能磁石や太陽光パネル、技術流出で競争力を失う。魅力的な条件で呼び込んだ後にルールを変えて我が物に。対策は技術を仕分けし“秘伝のタレ”は門外不出に。官民連携も力に。

荒井 すでに技術流出で競争力を失った産業もあります。実際には、どのような形で近づいてくるのでしょうか。中小企業はどのように対処したら良いのでしょうか。

細川 中国は国産化を目指す戦略産業をリストアップし、生産のボトルネックとなる技術の取得に号令をかけています。その技術を保有する企業を調査し、近寄ってきます。最初は合弁での現地生産の誘致をし、現地パートナー企業に技術が渡ると純国産化するなど、いわばサッカーのゴールポストを動かしてしまい、進出企業の利益を妨げます。こうした動きが多数聞かれます。海外進出は大企業がすることで、中小企業には縁遠いことと考えてはいけません。例えば経済安全保障推進法で半導体は守るべき重要な技術となっていますが、高品質の材料や製造装置があって成り立ちます。そうした材料や装置のメーカーに基幹部品を納入している中小企業が狙われやすいと言えます。

鈴木 魅力的な条件を提示して工場を誘致します。しかしそうして進出した太陽光パネルの生産は、今や中国が8割を占めています。

細川 対策は技術のブラックボックス化、言うなれば“秘伝のタレ”は門外不出とすることです。技術を細かく仕分けし、外に出していい技術と出してはいけない核心技術を見極める。そうして競争力の源泉は守っていくことです。

鈴木 金型を例にとれば、進出はしても工場は日本に残す。自動車メーカーに納入するのならば、一つのメーカーに絞った上で、条件を付けて契約をする。買収された場合でも経営は日本に任せるなどの対策を講じ、徹底して技術を守っています。

 横の連携も力になります。複合機では、日本企業など7社が中国市場でシェア7割を有しています。これを国産化したい中国が、外資を締め付ける条例を定めました。しかし外務省と経済産業省、メーカー各社が連携して守るべき技術をどう守るかを共有し、結果条例を撤回させました。

 技術流出防止の要諦は人の管理。100%守ることは不可能との前提で管理の仕組みを構築。ポジティブリストを作り、重要技術にアクセスできる社員を限定。脆弱性を増すことは極力避ける。

細川 6月に産業技術総合研究所の中国籍研究員が、フッ素化合物の合成技術を中国企業に漏洩したとして不正競争防止法違反の容疑で逮捕されました。漏洩は産総研の調査だけで突き止められるものではなく、警察の協力があってのこと。この事件を他山の石として、企業はいかに人を管理する仕組みをつくれるか考えてほしい。企業が社員の副業・兼業を原則認めるようになりましたが、申請書類を提出させるだけでは海外渡航などの実態までは把握できません。自社だけで100%流出を防ぐことは不可能との前提で管理の仕組みを構築することです。

鈴木 労務管理において国籍差別はできません。実効を上げるには、重要技術にアクセスできる社員はこの人だけと限定するポジティブリストを作り管理を徹底することです。情報はクラウドに置いていいのか否か、どのパソコンに限定するかといった管理の徹底も必要です。ただ、職業選択の自由により、退社や引き抜きを止めることはできないので、これさえ行えばすべてOKという管理手法はありません。脆弱性を増す要因は極力避けることを念頭にした取り組みが必要です。

荒井 当センターでは、技術流出防止のため特別相談窓口を設けています。中小企業を訪問し、保有する技術のすごさを経営者に気づいていただく取り組みも行っています。特許出願の際には手の内を明かさないように、モノづくりの肝はあまり書かず、場合によっては固有のノウハウとして秘匿するといった指導をしています。

 12月7日のシンポジウムには中小企業の経営者や有識者が登壇し、安定供給や技術流出防止に向けた中小企業の取り組みが具体的に分かるパネルディスカッションも行います。多くの企業に経済安全保障を“自分事”と捉えていただける内容が用意されています。

シンポジウム詳細
東京都中小企業知的財産シンポジウム
複雑化する国際情勢、国と企業の対応
 ~これからの企業の成長と経済安全保障~
日 時:2023年 12月 7日(木)13:00~16:30
場 所:イイノホール(東京都千代田区内幸町2-1-1)
開催方法:来場参加またはライブ配信視聴の選択ができます

お申込み、シンポジウム詳細はこちらから

執筆者

日本情報マート

中小企業の頼れる情報源として、経営者の意思決定をサポートするコンテンツを配信。「開業収支」「業界動向」「朝礼スピーチ」など2000本を超えるコンテンツを有するほか、年間200件以上の市場調査も行っている。現在、50を超える金融機関に情報提供を行っている。