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経営難から一転…石州本来待瓦製造業の9代目はなぜ「瓦タ
イル」で成功したのか
2024.02.26
島根県浜田市———島根県出雲縁結び空港から車で約2時間半ほど。同市は「美又温泉」という良湯がある地として知られる。お湯は無色透明ながら、とろとろの触り心地で、湯上りは肌しっとり。天然の保湿液のような温泉が人気だ。ここは山間の美又川沿いに、数件ほどの温泉宿が立ち並ぶ小さな温泉街。しかし、都会の喧騒から逃れ、ゆっくりまったりするのは、持ってこいの場所といえる。
浜田市美又温泉の足湯。これだけでもとろとろの泉質が堪能できる
浜田市はまた「石州瓦」の産地でもある。焼成温度が1200度以上と高温で、凍害や塩害にも強く、独特の赤い瓦屋根が有名だ。この赤色は、県内石見地方の来待(きまち)石という含鉄土石を釉薬に使うことに起因する。来待石100%の釉薬を使って1350度以上の超高温で焼きあげる「来待瓦」(石州瓦の一種)を県内で唯一生産しているのが「亀谷窯業」(浜田市長沢町)だ。
創業から200年以上を超える同社のこだわりは品質にも如実に表れている。同社の瓦の吸水率が1.18%なのに対し、他社の石州瓦のそれの平均値は4.61%(2007年、島根県産業技術センター調べ)。JIS企画の釉薬瓦の吸水率は12%以下なので、亀谷窯業の本瓦は抜群の仕上がり。ハイクオリティの来待瓦に非常に誇りを持っていた7代目社長は「来待をやめるならば、瓦屋をやめる」と断言していたほどだ。
100年もつ瓦はどんどん売れなくなっていった
平成6年には、石州瓦が2億2800枚も出荷され、瓦業界はピークを迎えた。しかしその後長引く不況で、国内の新規住宅着工数は減少する一方。屋根瓦の需要も減り、さらには安価な金属瓦に押されるようになってしまった。
「価格競争になれば、一度下げた価格を高くするのは難しくなります。しかも弊社の瓦は100年以上もつので、一度売れると次回の購入時期までかなり間があいてします。顧客にとっては非常にコスパがいいけれど、生産者にはサイクルコストが安すぎて経営が成り立ちません。そこで、新しい試みに挑戦しなければ、死活問題にかかわると思ったのです」というのは、9代目社長の亀谷典生さん。亀谷さんはもともと製薬会社のMR(医薬情報担当者)で、妻の実家の家業を先代から事業継承した。MRとして非常に有能で、年収も相当にあった。しかし勤めていた会社が同族企業の製薬会社に吸収合併されたのを機に、亀谷窯業の後継者となり家業の立て直しを図ることになる。
「私が継いだ頃、弊社は経営難で火の車でした。継ぐなら自分が若くてやる気に溢れているうちがいい。安定した会社員よりも、自己責任で経営できる方が魅力的に思えたのです。MRの資格は、更新していけばまた製薬会社に戻って働くことができます。しかしあえて退路を絶って、瓦業界に飛び込みました」
亀谷典生社長
他社と同じことはやらない。独自のプロダクトはブルーオーシャン
瓦屋根に関して素人同然の亀谷社長は、知識などほとんどなかった。「後を継いだ当時は『切妻屋根ってなんですか?』などと言ってたぐらい(苦笑)」
そこでゼロベースから必死に瓦や建築の勉強をしたが、先入観を持つこともないので逆に良かったとも。そして入社2、3年後に転機は訪れた。
「サビ瓦といって、本来待瓦よりも淡い赤褐色で、風情のある色合いの瓦が昔から人気なのです。そのサビ瓦を納入した埼玉県の施主から、風合いが気に入ったので玄関の床も瓦タイルにしたいと注文がきました。しかし弊社では瓦タイルを作った職人がいません。社員も妻も先代社長も、誰もが瓦タイルの製造に反対しました。でも伝統を守るだけでは、時代のニーズにあっていません。しかも事業会社として利益を上げ、従業員に給料を払って経営をしていかねばなりません。これはチャンスだと思いました」
周囲に反対されながらも瓦タイルに勝機があると思ったのはなぜか?
「屋根瓦は、雪が降る冬、暑い夏は屋根に登ることがないので、その時期の販売数は減ります。でもタイルであれば室内で施工できるので、需要が季節に左右されません。また、今まで、瓦の風合いや丈夫さも一般の人にはあまり知られていませんでしたが、タイルにすることで身近に理解していただけるのです」
7代目社長が来待瓦に持っていたリスペクトの気持ちを尊重したかった。まずは身近なアイテムから瓦を知ってもらい、最終的には屋根瓦への購入につなげたいと亀谷社長は望んだのだ。
面白いエピソードがある。
亀谷社長は瓦タイル製造の知識がないため、知己の伝手を頼り、生産の現場を見せてくれるタイル業者を探した。
「同業者ってことで嫌がられ、一軒も見せてくれるところはなかったのです。技術を真似されたら困るのでしょうが、みんなそのぐらいのレベルなのだと合点がいきました。『はい、どうぞ』って見せてくれるところは、うちの真似なんかできっこないという自信の表れなんです。でも弊社が他社と同じことをやったところで意味はありません。うちは他社がやらないことをやると決心していたので、オリジナルの瓦タイルはブルーオーシャンだと確信しました。私はいつも世間とは“逆張り”なんです」
瓦タイルの見本
失敗も成功も全てデータ化し、より高品質のものを再現する
亀谷社長自ら毎日深夜まで勉強して、タイルと格闘した。もちろん最初はうまくいくはずもなく、山のような失敗作が生まれた。それでもなぜ失敗したのかを徹底的に追求し、成功例は細かくデータ化した。それを積み上げていけば、よりクオリティが高いものを再現できる。
「いくら良いものができたとしても偶然の産物では困るんです。工業製品ですから、必然的に高品質のプロダクトを作るには正確なデータを集積することが大事です」
どれだけタイルづくりに失敗しようが亀谷社長は諦めなかった。その粘りは結実し、乾燥してもヒビが入りにくい瓦タイルを考案。以降もと敏腕MRだった営業センスを生かし、社長自らが新規顧客を開拓していく。タイルと同様に瓦の食器や鍋なども同様に開発。基本的にはオリジナルデザインにこだわり、「この器はユーザーの評判が良かった」「この鍋のこの部分がダメだった」というデータも細かく集積していく。新商品の開発だとしても、既存のデータが使えるので生産効率がよく、販売価格も高値にならない。だから亀谷窯業も顧客もウィンウィンの関係でいられる。おのずと継続して受注がくる。
病院の壁に採用された亀谷窯業の瓦タイル
経営が順調なうちに次の一手を考えるのが大事
口コミで亀谷窯業の瓦アイテムは評判を呼び「リッツカールトン東京」「星野リゾート 玉造 界」といったビッグクライアントを抱え、月々の収益も安定。利益率もかなり改善したそうだ。
亀谷社長の商品開発・販売戦略は非常にロジカルであり、時代の流れを読む力というのも優れているのがポイントだ。
「商売がうまくいっている間は、企業は現状維持に走りがちです。だけど、病気と一緒で、悪い症状が出てからではもう手遅れ。経営も悪化の一途をたどることになります。予防できるうちに先手を打つことが大事。規模の大きさにかかわらず、時代のニーズをよんで業態を変えていける企業が、サバイブできるのでしょう」
そんな亀谷社長の次なる目標は何か?
「SDGsの観点から、循環するプロダクトを作りたいのです。例えば貝殻は最終的に捨てられるもの。だけど、釉薬の代わりに瓦の周囲において焼くと、独特の金色のテカリが出るんです。また、貝殻は焼くと酸化カルシウムになって、畑にまくと土壌がアルカリ性に変わり、作物にもいい影響を与えます。だから貝殻は捨てるところがないサスティナブルな素材なのです。といっても、貝殻のタイルは品質が安定しないので、目下研究開発途中です」
亀谷社長は数え切れないほどのトライアンドエラーを繰り返して、成功への道を掴んできた。この貝殻の瓦タイルが日の目を浴びるのも、遠くはないだろう。(ライター=東野りか)
あこや貝で作られた瓦タイル
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