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センスは「方法論」。マルちゃん正麺のパッケージを手がけ
たCRディレクターが語る「半歩先」の極意
2026.06.22
幅広い視野の獲得に役立つ書籍をビジネスパーソン向けに厳選し、10分で読めるダイジェストにして配信する「SERENDIP(セレンディップ)」。この連載では、SERENDIP編集部が、とくにニュースイッチ読者にお勧めする書籍をご紹介しています。
マルちゃん正麺のパッケージが金色になった理由
2011年11月に発売された東洋水産の「マルちゃん正麺」は、当時生産数量でカップ麺に水をあけられていた即席袋麺市場の活性化を狙い、ヒット商品となった。生麺の食感と味を再現する独自の製造法や、俳優の役所広司が出演したCMの効果ももちろんあったのだろうが、パッケージデザインもヒットに貢献したのではないか。
スーパーなどでよく買い物をする人はマルちゃん正麺と聞くと、すぐにあの金色のパッケージが思い浮かぶことだろう。実は、袋麺のパッケージで金色をフューチャーしたデザインは、それまでにはなかった。マルちゃん正麺のヒットの影響で、他の袋麺も追随して使うようになったのだという。
「パッケージに金色を使う」というのは、デザイン上のちょっとした工夫だ。袋の素材を変えたわけでも、商品名の表示をあえて小さくしたり、ロゴのフォントを斬新なものにしたわけでもない。
このマルちゃん正麺のパッケージをデザインしたのは、『こうやって、センスは生まれる』(SBクリエイティブ)の著者である、クリエイティブディレクター兼アートディレクターの秋山具義さんだ。 この本で秋山さんは「金色を使う」といったちょっとした工夫のことを「半歩先」と表現している。
金色を使った理由は、当時、購入時に周囲から「手抜き」と思われがちな即席ラーメンに、少しリッチなイメージをつけたかったとのことだ。ここで、リッチな感じにしたいからといって、たとえばパッケージ自体の素材や形状を変えて、箱入りの高級品のようにしたとしたらどうだっただろうか。おそらく売れなかっただろう。
それでは「半歩先」を超えてしまうからだ。箱にコストがかかるせいで価格が上がったり、買い物袋に入れるのにかさばったり、何より、馴染みがないので、即席袋麺と認識されづらくなる。
秋山さんは、この「半歩先」がセンスをよくするためのカギであると明かす。この本では「センス」を、「人をハッとさせるアウトプット」であり、「相手の理解の射程と興味の範囲を踏まえた上で、ほんの少しだけ先(=半歩先)を提示する力」と定義する。
つまり「新しさ=センス」ではない。新しさを出そうとするあまり、斬新すぎて人々の理解や共感が難しくなってしまえば、人をハッとさせることができず「センスがいい」と評価されることもない。かといって、よくある常識の範囲内にとどまっていたら印象に残らない。大事なのは両者の中間。秋山さんは「相手が理解できる範囲のすぐ外側」と言っている。
斬新さ、ユニークさを求めて、思いついたアイデアをいくつも盛り込もうとする前に、いったん立ち止まる必要がありそうだ。即席ラーメンのパッケージをリッチにしようと、金ピカにする、箱に入れる、箱のデザインをおしゃれにする……などと思考を発展させるのを我慢して、最初の「金ピカ」だけにする。そうすれば「相手が理解できる範囲のすぐ外側」の地点にとどまることができる。半歩先で自制できる謙虚さにこそセンスが宿るのかもしれない。
センスを生み出す「3ステップ」とは
センスは、デザインやアートの世界だけのものではない。ビジネスの現場でも、たとえば会議で場が淀んできた時に、方向を変える一言を発せられる人は「センスがいい」といえる。状況に応じて、実行可能な適切な意思決定ができるリーダーは「経営センスがある」とみなされるだろう。
そういったセンスは、得てして「才能」であり、おいそれと身につけられるものではない、と思うかもしれない。それに対し秋山さんは、センスは思考法であり、方法論であると主張。つまり、方法さえわかれば誰にでも生み出すことができるものということだ。
その方法論として、秋山さんは、次のシンプルな3ステップにまとめている。
(1)知覚=世界の「普通」と「半歩先」を知る
(2)組み替え=世界の「普通」と「半歩先」を組み替える
(3)表現=「調整+伝わり方」でセンスの精度を上げる
日常の場でセンスを鍛えるには、まず(1)の知覚のトレーニングが重要になる。通勤でも散歩でもいいのだが、街を歩く時に周囲を観察する。その時に「共通点」と「相違点」を見つけるのがポイントだ。
共通点とは、異なるもの同士の中にある「似ている構造」。たとえば自然の樹形と都市の道路網、ファッションの色づかいと料理の盛りつけなどだ。一方で相違点とは「自分の中の違和感」を指すのだという。何かと何かを比較した際の「違い」ではないことに注意が必要だ。街を歩いていて、ふとある看板に違和感を抱く。この違和感はなんだろうと探ることが発想のタネになる。
共通点を見つけたり、違和感を解決したりできれば嬉しいはずだ。面白がりながら、共通点と相違点の探索を繰り返し、頭をぐるぐる回すことで、センスを生み出す基礎力を身につけられるのだろう。
「センスを見せなくては」「斬新なアイデアを出さなくちゃ」などといった切迫感を抱いていては、決してセンスは生まれない。楽観的な気持ちで、一度頭の中を空っぽにした上で、世界を眺めてみる。共通点と相違点の中から発想のタネを見つけ、「半歩先」を意識しながらアイデアを練る。そんな習慣が、さまざまなシーンでセンスを発揮する機会をつくってくれるのだろう。
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『こうやって、センスは生まれる』
秋山 具義 著
SBクリエイティブ
312p 1,870円(税込)
吉川清史 Yoshikawa Kiyoshi 情報工場 チーフエディター
「制約がある方がアイデアが出やすい」とよく言われるが、おそらく制約があることで、アイデアを「半歩先」にとどめておくことができる、ということでもあるのだろう。また、少し前に「デザインの敗北」と揶揄されたコンビニのコーヒーマシンは、「半歩先以上」に進んでしまい、ユーザーが置いていかれた格好のケースといえる。「半歩先」を肝に銘じながら思考することで、地に足のついたアウトプットが可能になるということなのかもしれない。
出典:ニュースイッチ Newswitch by 日刊工業新聞社