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ストレス社会を生き抜く「無敵の心」――2000年前の哲
学が教える「心の平静」術
2025.11.26
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不安が蔓延する時代に求められる「心の免疫力」
現代はストレス社会といわれる。不安定な世界情勢、雇用、収入。変化の激しい技術やトレンド……。不安が蔓延する中で、メンタルヘルスへの関心も高まっている。
メンタル不調は、単に個人の問題として片づけるべきではない。一方で、予防のためにできる個人の努力もありそうだ。風邪予防にショウガを食べたり、肥満予防に運動したりするのと同じことだ。思いがけない悲しみ、怒り、侮辱などに接した際に「動じない心」をつくるため、「心の平静」を保つスキルを学ぶのだ。
ネガティブな情動をできるだけ避け、喜びの情動を感じる心の状態をつくる方法は、実は、2000年以上も前から追求されてきたという。ストア哲学(ストイシズム)がそれだ。米オハイオ州デイトンにあるライト州立大学哲学科のウィリアム・B・アーヴァイン名誉教授による『ストイシズム』(白揚社、竹内和世訳)は、ストア哲学を紹介するとともに、その実践者であるストイック(ストア哲学者)らが目指した「良く生きる」ためのテクニックを、現代に実践できる形で紹介している。
ストイックという言葉には、「茹で鶏でタンパク質を補給するアスリート」「ジムで走りながらプレゼンの練習をする先輩」のような、禁欲的・克己的イメージがある。しかし、古代のストイックたちが目指したのは、必ずしも我慢一辺倒な生き方ではなかったようだ。
なお、この本は2013年に刊行された『良き人生について』(白揚社)の改題新装版だ。原書(『A Guide to the Good Life』2009)は世界的ベストセラーになっており、とくにテック系企業のビジネスリーダーに好評という。その理由を考えながら読むのも面白い。
大事なものを失った時のことを想像する
ローマ時代に活躍した、セネカやマルクス・アウレリウスといったストイックの哲人たちの考え方といえば、小難しいイメージがある。だが一方で、ストイシズムは「禅」にも通じるのだという。哲学ではあるものの心理学的な要素も含み、禅と同様に欲望の克服を重視し、心の平静を達成・保持する方法を指南する。禅といえば、スティーブ・ジョブズが傾倒したことが有名だが、経済的・物質的に満たされた成功者たちは、「心の平静」を求めるのかもしれない。
では、ストイシズムのテクニックの具体例を見てみよう。ストア哲学「最強のツール」と紹介されるのが、「ネガティブ・ビジュアリゼーション」だ。いま自分が大事にしているものを失った時のことを想像する。妻、子ども、あるいは家や地位を失ったときの悲しみを想像することで、現在がどれだけ恵まれているか、幸せであるかに気づき、喜びを感じられる。
もっとも、ネガティブ・ビジュアリゼーションは成功を否定するものではない。ポイントは、大事なものを本当に失ってしまった時、その大事なものに執着しないことで心の平静を保つことにあるのだ。
新規事業に失敗はつきものであることを考えれば、やはりビジネスリーダーに求められる考え方かもしれない。つまり、例えば現在成功しているプロジェクトが失敗した時のことをイメージしておけば、実際に失敗した際にも平静を保てるということだ。日々タフネスを求められる人たちが、ストイシズムに惹かれるのも理解できる気がしてくる。
さらに、「コントロールできることに集中する」テクニックもある。世の中の事柄は、私たちの力が「及ぶもの」「及ばないもの」、そして「完全ではないがある程度は力が及ぶもの」に三分できる。力の「及ばないもの」に関しては考えるのをやめ、残りの二つに時間とエネルギーを集中するという方法だ。ビジネスでいえば、ブラックボックスな人事や不況、天災など、力の及ばないものを嘆くより、自分の職務をまっとうすることが大切……ということだろう。
人間の不安や怒りは大昔から変わらない
ストイシズムはまた、「積極的不快」を推奨する。あえて自分から悪いことを「経験する」ことを勧めるのだ。例えば、暖かくて食べ物がたくさんあるときに、寒さと空腹を選ぶ。これにはワクチンのような効果があり、いつかやってくる不快な経験のための免疫づくりになるらしい。
この積極的不快を、著者のアーヴァイン教授は「競漕用ボートの練習」で実践している。朝早く、寒い湖にボートを漕ぎにいくのは気が進まない。水に落ちる恐怖とも戦わねばならない。しかし、それを経験しておくことで、「あのときの辛さに比べたら、こんなのは何でもない」と、未来の不安に対する免疫を手にできる。
筋トレやマラソンが趣味の人、暑いのにエアコンを我慢する人、ランチをサラダで済ませる人……。あなたの周囲にも「ストイックな人」はいないだろうか。彼らも、未来の不安に対する免疫を養っているのかもしれない。ストイシズムの実践に向けた一歩は、すぐそこにあるとも言える。
このほか、ストイックのテクニックには、侮辱にユーモアで切り返す、老いを受け入れる考え方など、日常に使えそうなものが多くある。2000年前の教えが、現代の生活にそのまま応用できることに驚きさえ感じるほどだ。人間が不安や怒りを感じることは、いつの時代も変わらないのだろう。それだけで、自分の悩みが小さく思えてくるから不思議だ。
ストイックや哲学という言葉への抵抗はいったん捨て、まずは読んでみていただきたい。「心の平静」は意外に近いかもしれない。
(文=情報工場「SERENDIP」編集部 前田真織)
SERENDIPサービスについて:https://www.serendip.site/
『ストイシズム』
-何事にも動じない「無敵の心」のつくり方
ウィリアム・B・アーヴァイン 著
竹内 和世 訳
白揚社
336p 2,530円(税込)
情報工場 「読学」のススメ#144
吉川清史 Yoshikawa Kiyoshi 情報工場 チーフエディター
代表的なストア哲学者の一人であるマルクス・アウレリウスの『自省録』は、テレビドラマ『ミステリと言う勿れ』で菅田将暉演じる主人公の愛読書として取り上げられたことで注目を浴びた。マルクスも、ドラマ主人公もそうだが、ストイックの特徴の一つに「常に考え続ける」ことがあるのだと思う。現代人がストイシズムを取り入れ「心の平静」を求めるには「考える習慣」をつけることがもっとも大事なのではないだろうか。
出典:ニュースイッチ Newswitch by 日刊工業新聞社