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『信頼は無限の資本なり』 物流企業が推し進めるDX投資
とは?
2025.12.25
2018年に大手物流企業から実家の石川県金沢市にある北陸貨物運輸に戻って数年。夜、社長室で山田実紀秀社長は一人パソコンの画面を見つめていた。管理職たちが疲れきった顔で帰宅していく姿を見送ったばかりだった。
70年以上続く老舗運送会社の3代目として、大きな岐路に立っていた。
経営者は孤独だ。
農産物から半導体、危険物まで「運べないものがほぼない」のが自慢だったが、その領域の広さが今、重くのしかかっていた。アナログな業務プロセス、膨大な紙の管理、属人化された業務フロー。「こんなのおかしい」と管理職からは毎日のように声が上がるが、システムを一から変えるリスクを考えると、山田社長は決断できなかった。
「システムを入れ替えるって、会社の心臓を取り換えるようなもの。数億円かかるし、失敗して『もう一回やり直させてください』なんて言えない。正直、DXには反対でした」
懸念は深かった。「うちの付加価値は、全体を見渡して、瞬時に最適な配車を判断できること。これをシステム化で失ったら、ただの運送屋になってしまう」
一部保有車両
壁打ち相手の存在
転機は2022年のある日。商工中金の担当者である廣林一暉氏から「ブートキャンプ」への参加を勧められた。2日間缶詰になって経営課題と向き合うプログラムだ。
「最初は『いいよ』と軽く返事しましたが、テーマをDXにした段階で、もうDXから逃げられないなと」
金沢から離れた研修施設で、廣林氏、コンサルタント、そして山田社長の3人で缶詰状態になった。普段なら社内の誰にも相談できない悩みを、初めて言葉にできた。1日9時間、計18時間におよぶ濃密な対話が始まった。
「なぜ、やらないといけないのか」「本来、自分らって、あるべき姿ってどうだったか」。廣林氏は答えを押し付けない。ただ、問いかけ続ける。 その後も廣林氏との関係は続いた。DX投資を渋っていた際には、情熱を言葉に乗せた。
「今、できる見込みが数字として出ているのに、なぜ、やらないのですか。今やらないでいつやるのですか。山田社長は、もっと意欲のある人だと思っていました」
「そんなこといわれても」と思わず笑ってしまったというが、その言葉が背中を押した。商工中金の伴走支援は、単なる融資の営業ではなかった。企業の成長を本気で考え、時には耳の痛いことも言ってくれる。そんな存在は、孤独な経営者にとって貴重だった。
北陸貨物運輸 代表取締役社長 山田 実紀秀 氏
データが紡ぐ未来図
システムの導入への道のりは険しかった。「社員のほぼ全員から、問い合わせが来る」状態が続いた。年配の従業員からは「紙媒体じゃないとやりにくい」という声も上がった。
山田社長が重視したのは、付加価値を失わないことだった。北陸貨物運輸の配車業務は、長年「黒板とメモ帳」で回っていた。A3用紙に走り書きされた配送情報、電話で飛び込んでくる依頼。それらを前日に整理して、翌日の配車を組む。非効率だが、それが70年培ってきたやり方だった。
「システムに移すだけ」という発想で、従業員を巻き込んだ画面設計を何度も繰り返した。一画面で配送情報を一元管理し、効率最適化を図る独自のノウハウを、システム上で再現することにこだわった。そして、2024年5月、ついに新システムが稼働した。
山田社長と、本社業務課相澤主任
山田社長の計画は着実に進んでいる。2026年にはRPAと在庫管理システムを導入、2027年には各システムのデータを集約する「統合データ基盤」を構築する予定だ。そして2028年には、集約したデータの分析結果に基づき、企業成長や生産性向上に資する施策を本格的に実施していく。
データベース化により、配車業務の効率は格段に向上し、将来的にはAIによる配車自動化も視野に入ってきた。しかし山田社長の構想はそこで終わらない。
「各運送会社がデータを共有できれば、業界全体の効率が上がる。A社、B社、うちのデータを統合すれば、最適な配送ルートが見えてくる。そんな未来が、もうすぐそこまで来ています」
DXファイナンスという選択
ブートキャンプでの濃密な対話から始まり、山田社長と商工中金のパートナーシップはDXファイナンスという新たなステージへ進んだ。
DXファイナンスとは、DX推進をサポートするサステナビリティ・リンク・ローンである。単なる資金提供ではない。DXファイナンスにあたって取り組む「DX診断プロ」を通じ企業が野心的な目標を掲げ、その実現に向けて歩む道のりを金融機関が支援する伴走支援型融資だ。
商工中金はBIPROGY株式会社との協業により企業の課題と対応策を明確化し、DX戦略を策定する「DX・IT診断プロ」を展開している。北陸貨物運輸においても、この「DX・IT診断プロ」を通じて、70年の歴史が培った強みと、時代の変化が突きつける課題を改めて整理した。DXファイナンス取り組みの過程でDX戦略の策定、DX推進体制等を検討・整理した。加えてKPI・モニタリング方法を設定するとともに、DX認定の申請までを支援した。DX認定とは、企業がデジタル技術を活用して経営革新を進める体制や戦略を持ち、経済産業省がその取り組みを公式に認定する制度である。認定に必要な戦略立案、ロードマップの策定、申請手続きの支援まで、山田社長が一人で抱え込んでいた重荷を、専門知識を持つパートナーと分かち合う体制が整った。
「月2回の打ち合わせは正直重かったですが、終わってみればあっという間でした。自分は『絵』を描くのが苦手でしたが、商工中金が一緒に将来像を描いてくれたおかげで目指すべき企業像がくっきりと見えてきました」
信頼という資本
「信頼は無限の資本になり」-祖父が残した社訓を、山田社長は今も大切にしている。
「経営者って相談相手を見つけるのが本当に難しい。でも商工中金の人たちは、企業の成長を社外の人間でここまで真剣に考えてくれるのだと驚きました」
廣林氏の後任の清水香耀子氏も含め、歴代の担当者とは何でも話せる関係を築いてきた。数億円のDX投資の判断という重い決断も、信頼できる壁打ち相手がいたからこそ下せた。
山田社長は最後にこう語った。
「DXがいくら進んでも、ベースにあるのはステークホルダーとの信頼です。当社が70年かけて培った信頼、『お客様の要望に応える力』は絶対に失ってはいけない」
変えるべきものと、守るべきもの。その見極めこそが、経営者の仕事だ。北陸貨物運輸のDXは、まだ道半ばだ。それでも前を向く。
「やるしかない、いつもそんな感じです」
そう言って笑う山田社長の表情は、もはや孤独ではなかった。信頼できる伴走者を得た経営者の、確かな足取りがそこにあった。経営者は確かに孤独だ。しかし、一人で戦う必要はない。
担当者コメント 商工中金 廣林一暉さん、清水香耀子さん
変化の激しい環境下でDX化は不可欠と感じる一方、中小企業の推進にはまだ課題が残ります。そうした中、大きなリスクを背負って踏み出した山田社長の決断に敬意を表します。当社の取組が中小企業のDX推進を加速させる一助となったと確信しております。今後も、企業の成長に向けた様々な取組みをサポートしてまいります。また、DXは企業の成長だけでなく、地域経済の活性化にもつながります。山田社長の挑戦は、その第一歩として大きな意味を持っています。商工中金は金融面に加え、全国ネットワークや知見を活かし、地域全体の競争力強化を支援します。これからも企業と共に歩み、持続可能な地域社会の実現に尽力してまいります。
左から商工中金シニアアソシエイト廣林一暉氏、山田社長、商工中金金沢支店シニアアソシエイト清水香耀子氏
北陸貨物運輸HP
http://hokurikukamotsu-inc.jp/
商工中金HP
https://www.shokochukin.co.jp/
出典:ニュースイッチ Newswitch by 日刊工業新聞社