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東京都中小企業知的財産シンポジウム【契約力で切り拓くオ
ープンイノベーション ~技術契約で築く共生&共創への道~】

2022.12.16


 大企業とスタートアップの協業機会が広がっている。互いの経営資源を組み合わせるオープンイノベーションがもたらす可能性への期待はますます高まる一方で、両者が公平で継続的な関係をどのように構築するかは難しい課題だ。例えば事業連携や共同開発を進める上で不可欠となる技術契約。企業の多くが直面するこのテーマに関するシンポジウムが12月6日に都内で開催される。これに先立ち、登壇予定の公正取引委員会事務総局経済取引局取引部取引企画課取引調査室長の吉川泰宇氏、STORIA法律事務所パートナー弁護士の柿沼太一氏、公益財団法人東京都中小企業振興公社常務理事兼東京都知的財産総合センターの荒井英樹所長がみどころを語り合う。

東京都知的財産総合センターに寄せられる、中小企業による知的財産に関する相談は年間7000件。うち技術契約に関するものが2015年ごろから増え、現在は1割を占める

公益財団法人東京都中小企業振興公社常務理事兼東京都知的財産総合センターの荒井英樹所長

 荒井 今回のシンポジウムは「契約力で切り拓くオープンイノベーション」と冠し、カギとなる技術契約の考え方について紹介する予定です。基調講演では公正取引委員会のご担当者から、公正な取引に向けた契約ポイントについて解説頂く予定です。今年3月に公表された「スタートアップと事業連携およびスタートアップへの出資に関する指針」は、イノベーションを開花させる上で、大きな意義があると注目しています。この中では60あまりの具体的な事例が紹介されていますね。

 吉川 そうですね。指針策定の背景には、2020年11月に公表されたスタートアップの取引慣行に関する実態調査があります。スタートアップが置かれている取引環境について、取引先との関係で劣位に陥りやすい点を指摘する声が、かねてよりありましたが、調査の中では、約2割のスタートアップが連携事業者や出資者側から納得できない行為を受けたとしており、うち8割はその一部を受け入れざるを得なかったと回答しています。一般的に、連携事業者や出資者はスタートアップに対して優越的な地位にあると認められる場合が多いと考えられますが、秘密保持契約(NDA)や技術検証契約(PoC)、共同研究契約およびライセンス契約、さらに出資者と出資契約に関わる問題事例もみられました。こうした現状を踏まえ、オープンイノベーションの促進および公正で自由な競争環境の確保を目指す政府の方針に基づき、指針では、これら四つの契約に着目し、ここで生じる問題事例とその事例に対する独占禁止法上の考え方を整理するとともに、具体的な改善の方向を提案する指針が策定されました。シンポジウムは、企業の皆さんにこれらを直接説明できる機会ですので、理解を深めるきっかけにして頂ければと考えています。

 荒井 東京都知的財産総合センターは、特許権や商標権などいわゆる知的財産の権利化に関する相談に年間6000件から7000件ほど応じていますが、2015年頃から技術契約に関する相談件数が増えてきました。現在は相談件数の1割ほどが技術契約に関するものです。

中小企業やスタートアップ企業も契約交渉の過程でどのような事例に遭遇する可能性があるのか、一定の知識を得た上で交渉に臨むことが重要である

STORIA法律事務所パートナー弁護士の柿沼太一氏

 柿沼 私は特に、AI(人工知能)やバイオ関連などいわゆるディープテック系の企業の契約交渉に携わる機会が多いのですが、先ほど紹介された「指針」は、契約によって生じる問題事例と、これに対する独占禁止法上の考え方や具体的な改善の方向性が示されており、スタートアップにとって非常に心強いものになると感じています。

 ただ、「指針」があれば全て解決かというとそうではありません。「指針」には法的拘束力はありませんし、「大企業がスタートとアップとの連携に際して、このようなことをすれば独禁法違反の可能性がある」ことは示されていますが「こうすれば大企業とスタートアップとの連携がうまくいく」ノウハウが直接的に示されているわけではないからです。

 そこで、スタートアップ側も大企業や大学と対等に交渉することができる「契約力」を身に付ける必要があります。共同研究契約やライセンス契約など、実際に交渉する際に留意すべきポイントについては経済産業省と特許庁が共同で「モデル契約書」を取りまとめています。「このようにすれば必ずオープンイノベーションがうまくいく」という絶対的なルールは存在しませんが、どのような契約条項や契約枠組を採用すれば交渉がスムーズに進むかというノウハウは確かにあります。「指針」と「モデル契約書」の双方を活用し、いわば「両輪」で進めることこそが、オープンイノベーションによる価値を最大化し、大学や大手企業とスタートアップとの連携を促進することにつながると感じています。

 荒井 振り返れば、私が知財センターで最初に対応した相談は開発受託契約でした。研究相手である大学との交渉が相当難航したことを記憶しているのですが、当時、こうした指針やモデル契約書があればよかったのに、と思わざるを得ません。充実した法務部門を抱える大企業と異なり、中小企業やスタートアップの経営資源には限りがありますが、契約交渉の過程でどのような事例に遭遇する可能性があるのかについて、一定の知識を得た上で交渉に臨むことは重要になりますね。

指針の狙いは事業者の独占禁止法違反行為の未然防止であり、スタートアップと連携する大企業や出資者のマインドを過度に萎縮させるものであってはならない

 吉川 指針は「この方法が正しい」という画一的な結論を見いだしてもらうものではなく、両者の間で十分な協議を行う一助としてもらうのが狙いです。一方で、指針が、スタートアップと連携する大企業や出資者のマインドを過度に萎縮させるものであってはならないとも感じています。すでに事業運営上のさまざまなリスクに直面する中で、その上、独禁法上のリスクまで抱えるなら、契約や出資を見送る、といった形で連携事業者の消極的な姿勢につながれば、オープンイノベーションを促進する政府方針とは真逆のものになってしまいます。

 柿沼 同感です。指針の狙いは、事業者の独占禁止法違反行為の未然防止であり、具体的な法執行はできるだけ抑制的であるべきだと考えます。だからこそ、スタートアップ側も契約や交渉に係る自らのスキルを高めることが不可欠です。そうでなければ大手企業、スタートアップの双方が委縮してしまい、本末転倒になりかねません。

 荒井 スタートアップや中小企業の契約力向上の必要性は私もこれまでの経験で痛感するところです。

手を組むことで何を獲得できるのか 目指す姿を明らかにし、実のある契約・交渉につなげる

 柿沼 オープンイノベーションの成功事例には共通のパターンがあります。まずは手を組むことで何を獲得できるのか、その姿が共有されていることが前提となります。「こういう技術があります、何か活用できませんか」といったアプローチでは、その先が展望できない。言い換えれば、目指す姿が明らかになれば、実のある契約や交渉につながるはずです。

 荒井 同感です。信頼関係に基づくウィンウィンの価値観が共有されていれば、共同開発の最終目標をどこに設定し、それに向けて交渉を進め、時には落としどころを見いだすことができますね。こうした技術交渉については、相手との秘密保持契約もあり、一般論として語られることが少ないのですが、今回のシンポジウムでは、大企業や大学と、まさにウィンウィンの関係を築いた経験のある企業から、具体的な事例も交えお話してもらう予定です。多くの企業の皆さんに参考にしてもらえるのではないでしょうか。

執筆者

日本情報マート

中小企業の頼れる情報源として、経営者の意思決定をサポートするコンテンツを配信。「開業収支」「業界動向」「朝礼スピーチ」など2000本を超えるコンテンツを有するほか、年間200件以上の市場調査も行っている。現在、50を超える金融機関に情報提供を行っている。