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「デジタル×現地現物」で儲かる現場を実現
2024.04.25
直面したDXを阻む壁①:社員のいやいや感と反発 〜時間をかける前向きな覚悟が必要
トヨタ自動車で技術者として働いていた木村哲也氏(旭鉄工・代表取締役社長 CEO)は、2013年に後継者として旭鉄工に入社した。企業変革の一環として、トヨタ式のカイゼンを加速するために、カイゼン活動にIoTを組み合わせることを着想した。その際、「時間当たりの出来高の向上による労務費の削減」という明確な目標を設定した。
2013年の着任早々、まずはカイゼンプロジェクトを立ち上げた。しかし、最初の1年間は社員はやらされ感が満載で、いやいや取り組んでいたという。今でこそ社内SNSなども活用し、「いいね!」と褒めることが社員のモチベーションとなっているが、当時は目標達成に向けて徹底した指示を出すところからスタートしたので「なんでそんなことを言われなければならないのか」と反発する社員もいたという。
2014年からはTPS活動(トヨタ生産方式)を本格的に稼働し、2015年からようやくIoTを活用したカイゼン活動をスタートさせた。一朝一夕にはいかず、いきなり魔法のように社内が変わることはない。社内を変えていくにはそれなりの時間がかかり、反発が起きることはむしろ当然と考え、反発も一定程度許容しつつ進める前向きな覚悟を経営者が持つことが大事だとしている。
直面したDXを阻む壁②:自社にぴったりのIoTシステムが見つからない
IoTを活用したカイゼン活動に取り組むにあたり、木村社長は教本を読んだり、展示会やセミナーに参加して市販のIoTシステムを見て回ったりした。しかし、自社にピッタリのシステムが見つからない。市販のIoTシステムには、①大がかりで高価、②古い機械や設備には対応できない、③現場が欲しいと思うデータを集められない、といった問題点があったからである。
旭鉄工に学ぶヒント①:スモールスタートでよいので好循環の仕組みをつくる
DXだからといって、立派なビジネスモデルを考えるのではなく、まずは「デジタルで楽をすること」を考え、社員に負担をかけない形で継続できるような取り組みからスタートした。例えば、スケジューラーやビジネスチャット、ファイル共有といったグループウエアから活用を進め、“楽をすること”を覚えてもらった。その根底には、「人には付加価値の高い仕事を」をスローガンに掲げる同社の考え方があった。デジタル化できるところはIoTの活用で楽をしてもらい、人にはカイゼン活動の提案を考えるなど、もっと付加価値の高い仕事に集中してもらいたいという想いがあった。
また、社内で取り組んでくれそうな社員を少数探して「ものづくり改革室」に集めた。そこで成果が出たら皆の前で「褒める」ことで社員のモチベーションを高め、取り組みが継続するようにした。
DXはIoTシステムさえ導入すればよいというものではない。スモールスタートでよいので、「まずデータを取得」⇒「グラフ化してみる」⇒「着目点を見出す」⇒「現場に解決法を考えてもらう」⇒「結果が出る」⇒「褒められる」⇒「楽しい」⇒「さらにカイゼンしよう」⇒「カイゼンの加速」という好循環の仕組みを作ることの方が重要だとしている。
旭鉄工はビジネスチャット(Slack)を積極的に活用しており、情報共有にかかるコミュニケーションコストを下げているほか、瞬時に情報は共有されるので、常時情報が横展開できている組織となっている。こうしたコミュニケーションコストの削減もカイゼンの加速に役立っているという。
また、1日1回、決まった時間に必ず「ラインストップミーティング」と呼ぶ、データを見ながら改善点を話し合うカイゼン活動を実施している。IoTを導入してデジタル化を進め、問題点の発見はデジタルで行うのだが、その対策は現地現物で確認して行うことが重要であり、その改善結果をまたデジタルで確認するというPDCAを高速で繰り返す。このデジタルとアナログ(現地現物)の融合とバランスが重要となる。
また、3カ月単位でカイゼン報告会を行い、ここは社長自身がリアルに現場に出向き、皆で写真を撮ったりするが、その成果はSlackで全社共有され、「社長に褒められました」といった喜ぶ声もビジネスチャットにあがり、すぐに社員に伝わる。紙に印刷して回覧しても誰も読まないが、Slackのビジネスチャットは皆が見る。このように、デジタルとアナログを上手く融合させて、モチベーションが上がる仕組みを作り上げている。
旭鉄工に学ぶヒント②:徹底的な見える化 〜見えない問題は直らない
木村社長はトヨタ自動車の生産調査部に在籍時に、東日本大震災で被災した工場の復旧支援要員として派遣された。現場は混乱していたが、「日本の現場は真面目なので、問題点が見える化されれば勝手に直そうと動く」ということを実感し、この経験から「見えない問題は直らない、つまり、課題は見える化しなければダメである」と考え、以降は「まず、見える化しなさい」という指示を出すようになった。
当時はIoTのような手段はなく、復旧支援の現場では紙に必要な情報を書き出すことで見える化に取り組んだ。今の時代であれば「見える化」するための手段としてIoTは極めて有効な手段となる。例えば生産設備の「可動率1」を正しく把握するにはラインの停止時間を測定する必要があるが、人間がきちんと覚えて記録するには限界がある。何秒で1個生産できるかというサイクルタイムは、ストップウォッチで測らない限りわからず、これを人間がやると大きな負担になる。しかも、人間の目ではサイクルタイム10秒が1秒遅れてもわからないが、1秒の違いでも年間の労務費に換算すれば100万円単位で損をしていることになる。こうしたデータ収集をIoTを活用して自動化できないかと考えた。トヨタ生産方式を導入している企業は、何らかのデータを計測するために人を張り付けている。ここをIT化するところから着手し、労務費換算でどの程度のコストが削減できるかの見える化に取り組んだ。
基本的に何をやってどうやって解決するかは現場に任せればよく、意思決定者は「何に着目すればよいか」を見極める必要がある。そこは直感だけで判断することは難しく、極力見ただけでわかるようにしなければならない。そのためにも数値化は必要であり、IoTシステムのようなインフラが一度できてしまえば、データを見てすぐにカイゼンに取り掛かることができる。
旭鉄工に学ぶヒント③:中小製造業の身の丈にあったシステムを開発
同社が開発したIoTモニタリングサービス『iXacs』は、労務費に直結するデータを自動収集する仕組みとなっている。コストがかかるため余計なデータは取得せず、「時間当たりの出来高の向上による労務費の削減」という目標に直結する「ラインの停止時間」と「サイクルタイム」のデータを収集することとし、収集するデータを2種類に絞ったことで初期投資や運用コストを削減することができた。そして、2015年から2018年にかけて、100の製造ラインで平均43%の生産能力向上、労務費の年4億円の削減、設備投資の累計8億円の節減(投資せずに能力増強で補う)を達成することができた。
データを収集する際、厳密さを過度には追求せず、たとえコンマ数%のズレが発生したとしても、カイゼン活動に活用できるのであれば問題ないと考えた。設備に後付けのセンサーをつけ、センサーから送信機までケーブルでデータを送り、送信機から受信機までは無線でデータを飛ばし、そこからクラウドにデータを上げて分析し、分析結果をスマートフォンに送る。これにより、人手をかけずに問題点の分析を行うことができるようになった。現在は200ラインの稼働状況をモニタリングしている。
一方で、電力やガスの使用量を2021年9月以降は工場の建屋ごとにモニタリングしている。また、1日ごとの見える化では気づきにつながらなかったが、1時間ごとの見える化、さらに10分ごとの見える化と、データの粒度を細かくすることで問題の気づきにつながっていった。最終的に同社は10分ごとの見える化が問題の気づきにはちょうどよいと判断しており、データを取得する粒度も試行錯誤して身の丈にあったものとしている。
iXacsで収集したデータは、製造現場だけでなく、経営会議や原価管理部門など全社的に活用しており、経営ダッシュボードをつくり、モニタリングしている全工程、全品番において、付加価値がどうなっているかが見える化でき、問題のあるラインを自動検出できるようになっている。
(「製造業のDXを阻む壁を乗り越えろ!」p.66-p.72より一部編集して抜粋)
<書籍紹介>
書名:製造業のDXを阻む壁を乗り越えろ! 事例に学ぶ10のヒント
編著者名:(一財)企業活力研究所
判型:A5判
総頁数:192頁
税込み価格:1,650円
<販売サイト>
Amazon https://www.amazon.co.jp/dp/4526083070/
Rakuten ブックス https://books.rakuten.co.jp/rb/17656372/?l-id=search-c-item-text-01
Nikkan BookStore https://pub.nikkan.co.jp/book/b10039939.html
<編著者略歴>
一般財団法人企業活力研究所
1984年(昭和59年)に、我が国経済の着実な発展、活力とゆとりある社会の実現を図る観点から、民間活力の担い手である企業の活力の増進のため、経済・社会上の諸問題、企業活動をめぐる政策のあり方の調査研究等を行うための組織として、経済団体連合会(現 一般社団法人日本経済団体連合会)の協力と通商産業省(現 経済産業省)の支援を得て設立。2013年に一般財団法人に移行。
我が国を取り巻く環境変化を見据えて、重要テーマ別に官民の率直な意見交換を行うための委員会を開催し、また、個々の重要テーマに関して調査研究を行う研究会を設置している。
<目次>
第1章 改めて“DXとは?”を考える
第2章 DXのための基盤づくり
第3章 製造業のDXを阻む壁の乗り越え方
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