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大手と中小で格差拡大…賃上げ・企業経営、問われる持続性

2024.09.25


 「賃金」「物価」「金利」が上昇する新たな局面に歩を進めつつある日本経済。高水準の妥結が相次いだ春季労使交渉(春闘)の流れは、最低賃金の引き上げにつながり、賃上げの裾野は広がりつつあるように映る。一方で、勢いから取り残される企業との格差や、賃上げの原資確保に不可欠な価格転嫁の難しさが露呈。賃上げと企業経営、双方の持続性が問われる状況にある。(編集委員・神崎明子)

大手と中小、格差拡大 新規採用手控えも

 「このペーパーのボリュームが2024年を象徴している」―。都道府県ごとに定める地域別最低賃金の引き上げ目安額を決める国の審議会で、委員の1人はこう振り返った。

企業規模による賃金上昇率の違い

 物価上昇への対応を重視することで労使が折り合ったが、使用者(経営者)側は過去最大の上げ幅を受け入れる代わりに、中小企業への配慮を強く求めた。例年以上に詳細な支援策への言及を盛り込んだ結果、審議報告の分量は増した。

 24年春闘では大手企業を中心に33年ぶりとなる5%台の賃上げが実現した。だが、中小企業や小規模事業者の賃上げ水準は見劣りする。連合の調査では300人未満の中小組合の平均賃上げ率は4・45%に達したものの、従業員30人未満を対象とする厚生労働省の調査によると、24年の賃金上昇率は前年比2・3%にとどまる。

 気になるデータもある。別の厚労省の調査結果では、企業の足元の採用意欲を示す新規求人数は24年6月まで10カ月連続で前年同期を下回った。マイナス期間は、全国加重平均で初めて時給1000円を超えた現在の最低賃金が適用開始となった23年10月以降とほぼ重なる。人手確保のため収益改善を伴わない「防衛的賃上げ」に踏み切らざるを得なかった中小企業が、いよいよ人件費の上昇に耐えかねて、採用を手控える動きが顕著になったとも推測できる。

 賃上げの原資確保に不可欠な価格転嫁の足取りは鈍い。中小企業庁が24年4―5月に実施した調査によると、価格交渉が行われた企業の約7割で労務費を含む価格交渉が実施された一方で、約1割が交渉できなかったと回答した。これらの調査で明らかになる転嫁状況以上に、経営者からは厳しい現実を指摘する声が聞かれる。「原材料やエネルギー価格の上昇分を取引価格に上乗せすることへの理解は進みつつあるが、人件費となると、話は別」「労務費上昇の根拠を取引先に示したが、なしのつぶて」と嘆く。

 インフレ局面では賃金上昇圧力は一層強まる。これに耐え得る収益基盤をサプライチェーン(供給網)全体で構築するには、企業規模や取引形態、労使の枠組みを超えた取り組みを粘り強く続け、富の分配を推進する必要がある。

インタビュー 価格転嫁、新たな商慣習に 金属労協議長・金子晃浩氏

金属労協議長・金子晃浩氏

 賃上げ波及と持続性の確保に労働組合としてどう取り組むのか。自動車や電機など五つの産業別労働組合で構成する全日本金属産業労働組合協議会(金属労協)の金子晃浩議長は「賃上げが成り立つ健全な社会システムの定着が問われている」と語る。

 ―今春闘は高水準の賃上げ獲得につながった一方、企業規模間格差は広がりました。

 「格差があるのは事実だが、今は(賃上げ波及の)過渡期と捉えている。長らく閉ざされてきた賃上げの扉がようやく開いたことは積極的に評価し、25年以降の取り組みにつなげたい」

 ―価格転嫁が進まないのは、経営トップが重要性を認識しても現場まで浸透しないことが一因では。

 「組織的な問題、取引先との関係性など理由は一つではない。長年の取引慣行や価値観が変わり浸透するには一定の時間を要する。粘り強く価格交渉を重ね、新たな商慣習として定着する経営環境を整えることが必要だ」

 ―労働組合として価格転嫁の問題にどう関わりますか。

 「以前は価格転嫁は経営側の問題、組合はそこまで関与しなければならないのかとの声があったのは事実だ。だが、(適正取引を通じた原資確保は)自身に跳ね返ってくる問題との認識は広がりつつある。労使交渉の場面で、自社は労務費を含めた価格転嫁を取引先に求めているか、あるいは受注側からの要請に応じているかを経営側に促すとともに、現場の実態を把握し、改善を働きかける取り組みを今後も続ける。経営の目が行き届かない現場の声を拾い上げることは、組合活動そのものだ」

 ―地域別の最低賃金が大幅に引き上げられる中、必要に応じて産業ごとに設定される「特定最低賃金」の意義は。

 「賃金格差の是正と公正な市場競争を促す特定最低賃金はかつて、過度な値下げや賃金引き下げによる低価格競争から特定の業種や職種を守る役割を果たした。今はむしろ逆の力が作用する。地域別最低賃金を上回る水準に引き上げることで、産業の魅力を高めて人材確保につながる利点があり、活用の余地は大きいと考える。同じ地域の同じ産業で働く人の賃上げにもつながり、波及効果も期待できる」

 「もちろん、省力化やデジタル化投資を通じて生産性を高める企業努力が前提だ。ただ、賃上げの必要性への理解は示しつつも、特定最低賃金に限っては消極姿勢を貫く経済団体の主張の矛盾は払拭したい」

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日刊工業新聞 2024年8月15日